私は「測る」ことが好きで、気温や湿度、風速などを測るために気象計を、物の温度を測るためにサーモグラフィーを、速さを測るためにスピードガンを、距離を測るためにレーザー距離計を、音の大きさを測るために騒音計を、色温度や明るさを測るために露出計やカラーメーターを、スタッドレスタイヤの劣化を調べる(タイヤの硬さを測る)ためにデュロメーターを持っていますし、「測る」つながりで「測量士補」の資格も取ってしまいました。
そんな変人ですから、「測る」系統の道具を見つけると、つい買いたくなってしまいます。
今回はそうした道具の中で、私が直近で購入した「測る」系の道具を紹介します。
製品自体はずっと昔からあり、登山家や自衛官、マリンレジャーを楽しむ方々の一部が使用しています。
概要
今回紹介する道具は「コンパスグラス」。
コンパスを内蔵した単眼鏡で、見ている方向の方位角を1度単位で測定するのに使います。
▲コンパスグラスを通して見た姫路城
仕様
▲コンパスグラスのパッケージ
製品名: 防水コンパスグラスブラック(360度)*1
メーカー: 石神井計器製作所(東京都)
<外装仕様>
重量: 78g(カタログ値)
比重: 0.7(水面浮上)
耐水性: 完全水密 耐圧水深50m
耐潮性: 塩水暴露 3ヶ月以上
<コンパス系仕様>
コンパス目盛り: 全周1°メモリ及び16分割目盛り
見かけ視界: 50cm離れた位置に直径30cmの目盛板があるように見えます。
誤差: ±2°以内
使用高度: 高さ10,000メートル以下
温度範囲: -25℃~+60℃
仰俯角: ±12°以内
<グラス系仕様>
倍率: 2.2倍
実視界: 10°
対物レンズ: 24mm
接眼レンズ: 20mm アイポイント25mm
フォーカス: フォーカスフリー
購入価格: ¥19,580(税込)
購入先: 株式会社 泉州(大阪府)*2の通販サイト
備考: 私が購入した商品は、逆目盛りとLED照明付のモデルです。
パッケージ内容
紙製の箱を開けると、中にはコンパスグラス本体(ストラップ付)、専用ポーチ、取扱説明書、保証書、コンパスローズ(薄いプラ板の分度器)*3が入っています。
▲パッケージ内容
ストラップは、首からかけた時にコンパスグラスが“へそ”の高さにぶら下がる程度の長さになっています。
外観
注:これ以降、コンパスグラスはストラップを取り外した状態にしています。
外観は、一般的なポロプリズム式*4の単眼鏡と変わりません。
▲コンパスグラス本体
下の画像の角度から見ると、ポロプリズム式双眼鏡の片側だけを取り外したような形になっていることが分かります。
▲コンパスグラスは双眼鏡の片側だけのような形状(実際その通りなんですが)
手に持つと下の画像の様になります。
▲コンパスグラスを右手で持った様子(横から)
▲コンパスグラスを右手で持った様子(使用者の視点)
これらの画像からもお分かり頂けると思いますが、ゴツゴツした形状のためあまり持ちやすくありません。
使い方
取扱説明書に「使いやすさを主眼として作られていますので取扱説明など無くとも御理解頂けると思いますが,」と書かれているくらい、使い方は簡単です。
大きい方のレンズ(対物レンズ)を対象に向け、小さい方のレンズ(接眼レンズ)を覗くだけ。コンパス目盛りの数値が上下逆に見えるなら、上下をひっくり返して持ち直せば良いのです。
フォーカスフリーのため、可動部はありません。覗けば常にピントが合った状態です。
コンパスグラスを覗くと、下の画像の様に照準用の縦線や、その縦線に捉えた目標の方位角、その方位角から真逆に見た方位角(目標の方位角から180度を足した/引いたもの)、16方位*5が書かれた透明な円盤が見えます。
北と南に近い方位を見るときは黒い大きな物体が見えますが、それは方位磁針です。
▲コンパスグラスを覗くと見える映像(白い壁を背景に撮影)
コンパスグラスを覗きながら体の向きを変えると、見えている方向の変化に合わせて透明な円盤が回転し、常に「今見えている方向」がハッキリと分かるようになっています。
どうやらコンパスはオイル封入式のものが使われているようで、円盤の動きは極めて滑らか。
実際にコンパスグラスで山の方位角を測るときの様子を紹介します。
下の画像は、姫路市の籾取山(もみとりやま)をコンパスグラスで見た時の実際の写真(コンパスグラスの接眼レンズにスマホのカメラを当てて撮影したもの)です。
縦線が283度の目盛りと重なっているので、現在地から籾取山への方位角(磁方位)は283度ということになります。
▲コンパスグラスを使い、籾取山の方位角を測る様子
このとき、縦線が示す283度の目盛りの下を見ると、縦線は「W(西)」と「WNW(西北西)」の間にありますが、西北西寄りのため「籾取山は現在地の西北西に見える」と表現でき、方位角の概念をご存じない方にも伝わりやすくなります。
さらに縦線を下にたどると、100~105度の間を指しているのが見えます。
これは逆目盛りですから、283度という方位角の正反対の方位角、つまり283から180を引いた103度という方位角を表していることになります。
これで、籾取山からは自分の現在地が方位103度に見えるということが分かります。
(注:スマホをコンパスグラスに当てて撮影しているため、スマホの磁気の影響でコンパスに狂いが生じています。実際にこの画像を撮影した場所から籾取山への方位角は283度ではありません。)
コンパスグラスを使った山座同定
私の趣味の山歩きでは、山頂や見晴らしの良い場所で食事と展望を満喫することにしています。
その時、山頂からの風景を楽しむためにおこなっているのが「山座同定(さんざどうてい)」、つまり見えている山が何という山なのかを調べることです。
山頂から見える山の方位角を事前に調べて一覧にまとめておく、あるいはスマホアプリを使って現場で確認し、見たい山の方位角をコンパスグラスで覗くと、目的の山がどれなのかハッキリ分かるという使い方です。
逆に、見えている山の方位角を測り、その方位角に一致する山を「見える山の一覧」やスマホアプリに表示される方位角から推定することもできます。
山頂から見える山の一覧と、それぞれの方位角をまとめた表の作り方を過去の記事で紹介しています。
パソコンが必要ですし、Excelの基本的な操作や関数の知識が必要ですので、パソコンの「上級者向け」の方法だとお考えください。
▲パソコンで見える山のリストを作る方法の記事(2014年)
パソコンやExcelは難しいという方は、スマホアプリが便利。
個人的には「スーパー地形」という有償アプリがオススメです*6。
現在地、または任意の地点を基準にし、そこから見える山並みを見やすい単純な線で描画してくれます。
表示される山の名前をタップすると、その山の標高や現在地からの直線距離、そしてその山への方位角が表示されるため、コンパスグラスを使えば、見える風景の中からその山を簡単に見つけられます。
例えば、下のような風景が見えているとしましょう。
▲姫路市の男山配水池公園からの展望
この場所で「スーパー地形」アプリの「ツール」メニューから「パノラマ展望図」をタップすると、以下のような図が表示されます。
「パノラマ展望図」では建物の形状まで再現されないため、姫路城の背後に隠れて見えない山々も表示されています。
しかし、シンプルで見やすい稜線の形状を見れば、実際の風景と照らし合わせて「どれが何山」なのか容易に確認できます。
▲男山配水池公園からの眺めを再現する「スーパー地形」アプリの「パノラマ展望図」
この「パノラマ展望図」画面で山の名前をタップすると、その山の標高や現在地からの距離、そして方位角が表示されます。
▲上の「パノラマ展望図」内で「小富士山」をタップすると表示される小富士山の情報
今回の例では小富士山への方位角は「146.3度」になっていますから、コンパスグラスで146度の方角を見ればどれが小富士山なのか明確に分かる…というわけではありません。
「スーパー地形」アプリが表示する方位角は真方位。
真方位は子午線の北(真北:しんぽく)を基準とした方位で、磁方位は名前の通り方位磁石が示す北(磁北)を基準にした方位です。
子午線の北端(北極点)と地球の北端付近にあるS極*7の位置は、同じではないのです。
私が住む兵庫県南西部では、真方位と磁方位との間には約8度のズレがあります*8。
具体的には、真北は真方位で表すと0度ですが、磁方位では8度になります。
▲真北と磁北の関係
こんな理由があるため、今回はアプリが算出した小富士山の146.3度という方位角(真方位)に8度を足した154.3度という磁方位が「コンパスグラスで見るべき方位角」ということになります。
コンパスグラスを使わない山座同定
「おおざっぱで良いので、とにかく山座同定を手軽に楽しみたい」という方は、「AR山ナビ」が便利だと思います。
稜線の輪郭が表示され、それをスマホのカメラをONにして表示される風景に重ねるだけで、正確に山の名前が分かるというアプリです。
下の画像の様に、カメラ越しに見た風景の上にリアルタイムで山の輪郭と山の名前が表示されます。
輪郭が実際の風景とずれている場合、輪郭をドラッグして実際の稜線に合わせれば、表示される山の名前と実際の風景が一致するという仕組み。
ただ、表示される輪郭は大幅に単純化されているため、実際の稜線とピッタリ合わせるのは難しいです。
また、「AR山ナビ」は(2023年3月時点で)対象の山の方位角を表示する機能を持っていないため、コンパスグラスと組み合わせて使うには不向きです。
▲「AR山ナビ」の画面(輪郭と稜線を揃える前の状態。山の上に単純化された山の輪郭表示されている。これをドラッグして実際の稜線と揃える。)画面下端のぼかしは広告を隠すためのもの。
収納ケースについて
専用ポーチが同梱されていますが、ポーチの生地に弾力性がありすぎるため、巾着型の口を絞ってもすぐに開いてしまいます。
▲付属のポーチの口は、何もしなければ常に開いた状態
このポーチを利用する場合は、口を絞った後に毎回紐を軽く結ぶか、コードロックを自分で追加しないといけません。
そこで、私はアメリカ軍の「POUCH,FLASH BANG GRENADE(閃光手榴弾用ポーチ)」をコンパスグラスの収納ケースとして使っています*9。
▲私がコンパスグラスを入れるのに使っている米軍のポーチ
▲ポーチにコンパスグラスを入れた様子
最後に
コンパスグラスは、普通のハイカーさんにとっては魅力を感じづらい道具だと思います。
しかし、プレートコンパスと地形図で読図をされる上級者の方なら、対象物の方位角を測る時はコンパスグラスを使い、プレートコンパスを分度器代わりにすることで現在地を正確に割り出したり(後方交会法)、見えている対象物の位置を地図上で求めること(前方交会法)を精密にできるようになりますし、山座同定が手軽に、なおかつ正確にできるようになり、山歩きの楽しみが広がるかも知れません。
なお、ここで紹介したコンパスグラスには夜間、コンパスの円盤を照らすためのLED(緑色)が内蔵されていますが、通常は夜間に使用しないと思いますので、LED機能の紹介は省略します。
長所
- 軽い(水に浮く)。
- 頑丈。
- プレートコンパスと比べものにならないほど正確に対象物の方位角を測れる。
- 使い方が簡単(ピント調整も不要)。
短所
- ゴツゴツした形状のため持ちにくい。
- 嵩張る。
*1:外装パッケージに記載されている名称は「HB-3 COMPASS GLASS」。
*2:自衛隊の駐屯地にあるお店や通販サイトで、自衛官向けに「戦人」ブランドの商品を販売している会社です。
*3:プラ板の中心に穴を開けて糸を通し、地図上の任意の地点(A地点)にコンパスローズの中心を置き、別の地点(B地点)へ糸を張ると、A地点からB地点への方位角が測れます。
*4:双眼鏡を思い浮かべて下さい。対物レンズと接眼レンズが一直線上にある筒が2本並んだものと、対物レンズが外側、接眼レンズが内側になった複雑な形状のものの2種類があると思います。前者はダハプリズム式、後者がポロプリズム式です。
*5:北、北北東、北東、東北東、東、東南東、南東、南南東、南、南南西、南西、西南西、西、西北西、北西、北北西の16種類の方位。
*6:iOS版は¥980で買い切りですが、Android版は年額¥780のサブスクリプション型。iOS版は初回インストールから3日間、Android版は初回インストールから5日間試用できるので、お金を払う前に必ず機能を確認してください。
*7:「北はNだから地球の北はN極」と誤解している方もおられるかも知れませんが、方位磁石のN極が北を指す(N極はS極に引き寄せられる)ので、地球を巨大な磁石に見立てた場合、北極側はS極です。
*8:このズレは磁針偏差または磁気偏差と呼ばれ、年々変化します。
*9:私が使っているタイプの物はすでに廃盤です。