今回はミリタリーマニア向けの記事で、アメリカ軍が使用するパック燃料「Fuel,Gel,Diethylene Glycol」を紹介します。
英語読みをカタカナ表記すると「フュアル・ジェル・ダイエシリン・グライコール」。
後半部分は、日本語読みで「ジエチレン・グリコール」です。
「Fuel」は燃料、「Gel」はゼリー状という意味ですから、「ジエチレングリコール ゲル化燃料」という意味になります。
概要
ミリタリー好きのアウトドア愛好家の方ならご存じかも知れませんが、アメリカ軍ではアルミパウチに入った固形燃料「Fuel,Compressed Trioxane(NSN:9110-00-889-3553)」が使われていました。
▲アメリカ軍が過去に使っていた固形燃料
その固形燃料の後継となるゼリー状の携帯燃料が、今回紹介する「Fuel,Gel,Diethylene Glycol」です。
これの民間向け販売品の紹介動画がYouTubeにあるので、転載します。
主成分は名前の通りジエチレン・グリコール(C4H10O3)で、これはバイキングレストラン等で料理を載せたトレイを保温するのに使われる「チェーフィング用燃料」と同じ成分。
ジエチレン・グリコールは引火点が高くて安全であり、また燃焼中に有毒なガスが出ないため、ホテルのレストランなど屋内でも普通に使われているのです。
▲ジエチレン・グリコールの構造式(出典:Wikipedia「ジエチレングリコール」のページ。パブリックドメイン)
仕様
▲Fuel,Gel,Diethylene Glycolのパッケージ(シュリンクパックされた厚紙の箱)
製品名: Fuel,Gel,Diethylene Glycol
NSN*1: 9110-01-518-9201
メーカー: Milpack Inc.(アメリカ)
内容量: 1袋あたり約35g、1箱に3袋
燃焼時間: 1袋あたり約17分
パッケージの表記とそれぞれの意味
9110-01-518-9201 ←NSN
CAGE 3WZW9 ←メーカー名(CAGEコードで表記)
P/N 00125 ←Part Number(メーカーが設定した品番)
FUEL,GEL,DIEHYLENE GLYCOL ←製品名
1 BOX OF 3 ←内容量(1箱3袋入り)
W911QY-04-D-0025 ←契約番号
MFD 01/05 ←製造月/年
INSP/TEST DATE 01/10 ←検査月/年
私の手元にある製品は、契約番号とメーカー名、製造年月の表記から「U.S. Army Contracting Command(合衆国陸軍契約司令部)」が2004年にMilpack Inc.と結んだ「数量未確定調達契約」に基づき、2005年1月に製造された製品であることが分かります*2。
外観
「これぞ本物の軍用品」という独特な質感の厚紙の箱の中に、ゲル化燃料が3パック入っています。
▲箱に入っている燃料は3パック
上で紹介した動画を見たアウトドア好きの方ならお気づきかも知れませんが、実はFuel,Gel,Diethylene Glycolは、以前スター商事が輸入販売していた「Utlility Flame(ユーティリティフレーム)」と同じ製品で、パッケージが米軍向けになっているだけなのです。
アルミパウチの表面には品名と使い方、そして注意事項が記載されています。
裏面には星条旗と、「戦闘に関するマーフィーの法則(Murphy's Laws of Combat)」*3、そして紙箱にも印刷されているCAGEコード、NSN、契約番号が印字されています。
▲アルミパウチ表面(左)と裏面(右)の印字内容
アルミパウチは、上端付近の左右両側に切り口が付けられていますが、軍用の大量生産品のため、切り口がしっかり切れていないこともあります。
両側に切り口を付ける設計になっていますから、一方が切れていなくても反対側は切れており、実用上問題はなさそう。
▲アルミパウチに付けられた切り口
▲使用時は切り口を利用して角を切り取る
アルミパウチの質感は、米軍の戦闘糧食「MRE」のレトルトパウチと同じようなもの。
使い方と注意事項
アルミパウチに書かれている使い方と注意事項は、次の通りです。
▲アルミパウチに印刷されている使い方と注意事項
Use in a ventilated area
(換気の良い場所で使用すること)Directions(使用方法):
Squeeze out gel & light
(燃料を絞り出して点火する)
Fill canteen cup with water
(キャンティーンカップに水を入れる)
Suspend canteen cup 2 1/2 inches over burning gel
(キャンティーンカップを燃料の約6cm上に吊す)
Shield from wind
(風を遮る)Avoid skin and eye contact
(皮膚や目に燃料がつかないようにすること)
If accidental contact, use water to wash
(万一付着した場合は、水で洗い流すこと)
ブログ管理人による追記
燃料や、燃料が付着したものを絶対に口に入れないでください。
ジエチレングリコールを経口摂取すると内蔵に重大な影響を与え、最悪の場合は死に至る場合があります。
湯沸かし性能
Fuel,Gel,Diethylene Glycolの性能を調べるため、500mlのお湯を屋外で沸かす実験をしてみました。
環境は、次の通りです。
気温: 14~16℃
相対湿度: 65~70%
測定場所: 微風の屋外(風防なし)
使用したストーブ: エスビットポケットストーブ
使用したクッカー: MSR Quick 1(チタン製で容量1.3リットル)
沸かした水の量: 500ml
まずは、エスビットポケットストーブに敷いたアルミ箔の上に燃料を絞り出します。
見た目は白いゼリー状の物質。
▲燃料は白いゼリー状
この上に500mlの水を入れたクッカーを置いて点火すると、Fuel,Gel,Diethylene Glycolは青い炎を上げて燃え始めました。
最初はファイアースターターの火花で点火を試みましたが、失敗。
ライターの火を当て続けないと着火できませんでした。それだけ安全性が高いということです。
▲Fuel,Gel,Diethylene Glycolの炎は青い(夜間に屋外で撮影)(写っているケーブルは温度センサーのもの)
時間が経つと、燃料自体が赤く光る状態になりました。
▲点火から10分を過ぎた頃のFuel,Gel,Diethylene Glycolは、一部が赤く光っていた
始めに22℃だった水が沸騰したのは、点火から7分後。
沸騰状態は8分間続きました。
点火から15分ほど経つと熾火(おきび)のような状態になっていましたが、完全に鎮火したのは点火から約18分後でした。
燃焼後は、白い物質が多く残ります。
メーカーの資料*4によると、これは珪砂(けいさ:silica sand)。
軽く触れるとポップコーンの白い部分のような手触りですが、指先で潰すと白くて微細な粉末になります。
▲Fuel,Gel,Diethylene Glycolが燃え尽きた後に残る白い物質
使用後のクッカー底面には煤汚れが付いていました。
▲Fuel,Gel,Diethylene Glycolを使用する前と後のクッカー底面*5
比較のため、100円ショップ等で手に入るパック燃料でもお湯を沸かしてみました。
条件はFuel,Gel,Diethylene Glycolの時と同じです。
ただし、パック燃料は中身を絞り出さず、樹脂製の袋に入ったままの状態で燃やしています(袋のまま燃やすのが正しい使い方)。
▲パック燃料(購入してから時間が経っているため膨らんでいる)
▲パック燃料の炎は赤い
500mlの水が沸騰したのは点火から6分後で、沸騰状態が継続したのは4分間。
パック燃料が完全に鎮火したのは、点火から10分後でした。
▲パック燃料の燃えかす
▲パック燃料を使用する前と後のクッカー底面
見ての通り、パック燃料は燃えかすが少なく、煤もクッカーにほとんど付着しません。
2種類の燃料で湯沸かしをした結果をグラフにまとめてみました。
パック燃料の方は燃焼開始時点の水温が高いですが、これは水道からクッカーに水を入れてすぐ実験をしたからです。
Fuel,Gel,Diethylene Glycolの時はクッカーに水を入れてから準備を行ったため、その間に屋外で冷えてしまいました。
▲Fuel,Gel,Diethylene Glycolとパック燃料の湯沸かし性能比較(グラフ内の「米軍燃料」は「Fuel,Gel,Diethylene Glycol」を指しています。)
メーカーの資料や、実際に燃やしてみた結果から2種類の燃料の特徴をまとめると、次のようになります。
Fuel,Gel,Diethylene Glycolの長所
- 長期間保存できる(保存期間に制限はない)。
- 携帯性に優れている(しかも軍の規格に適合したアルミパウチに入っているため、乱雑に扱っても破れて漏れ出すことがない)。
- アルミパウチから絞り出した後も、燃料は蒸発しない。
- 燃焼中は二酸化炭素と水蒸気しか発生しないため、安全性が高い。
- 燃焼時間がパック燃料よりも長い。
Fuel,Gel,Diethylene Glycolの短所
- 燃えかすが多い(残るのは珪砂)。
- 引火点が約150℃のため、点火にはライターやマッチが必要(引火しづらいのは安全性の高さでもある)。
- クッカーの底面に煤が多く付着する。
- 軍用品なので手に入りにくい(ジエチレングリコールは民間向けには保温用燃料として売られているが、液体でありゼリー状にはなっていない)。
パック燃料の長所
- 携帯性に優れている(エスビットポケットストーブ内に収納できる)。
- 点火しやすい(袋にナイフで切れ目を入れると、そこから火花で点火できる)。
- 燃えかすが少ない(ただし、燃えかすはストーブにこびりつくためアルミホイルを敷くことをお勧めします)。
- 入手が容易で安価。
パック燃料の短所
- アルコールが揮発するため、長期間の保存はできない。
- 燃焼中は有毒なガスが出る。
- 燃焼時間がFuel,Gel,Diethylene Glycolよりも短い。
▲Fuel,Gel,Diethylene Glycolとパック燃料の大きさ比較
最後に
湯沸かし実験の結果、パック燃料は安価なのに湯沸かし性能がFuel,Gel,Diethylene Glycolと大差ないことが分かりました。
そのため、ミリタリーオタクでアウトドア好きの方でもない限り、Fuel,Gel,Diethylene Glycolを購入する必要は無いと思います。
コンパクトな携帯燃料が欲しい方は、100円ショップかホームセンターでパック燃料をお買い求めください。
なぜこれが軍用として利用されているのかというと、次の特徴があるからです。
(メーカーの資料「Utility Flame White Paper」の中で、合衆国陸軍研究開発技術本部*6の文書の内容として以下の点が挙げられています。)
- 燃焼時の青い炎が敵に見つかりづらい。
- 危険性が低い物質のため、安全に輸送できる。
- 他の種類の燃料よりも体積・熱量比が優れている。
これらの他に、アルコールのように揮発せず、長期間の保存が可能で、標高の高い場所(カタログスペックでは標高5000m以上)や低温下(カタログスペックでは-30℃)でも燃焼し、灰や炭が出ないため痕跡が残らない(戦場では重要)といった利点もメーカーの資料「Utility Flame White Paper」には書かれています。
民生品には必要ない利点も多いですが、Fuel,Gel,Diethylene Glycolは長期の保管が可能なことから、防災用には向いていると思います。
*1:National Stock Numberの略で、防衛省が使用する訳語は「ナショナル物品番号」。アメリカ軍やNATO諸国の軍隊が装備品などを管理するために使用する番号で、民生品ではJANコード、出版物ではISBNに相当する数字です。
*2:契約番号の「W911QY」が「合衆国陸軍契約司令部」、「04」が調達年度の末尾2桁のため2004年度の契約であることを、「D」が「数量未確定調達契約」を表しています。「3WZW9」というCAGE(Commercial And Government Entity)コードは、Milpack Inc.に割り当てられたものです。
*3:アルミパウチ一つ一つに異なる法則が書かれています。例えば「攻撃が順調に進むのは、敵が待ち伏せしているから(If your attack is going very well, it's an ambush)」といった内容。
*4:メーカーが作成した「Utility Flame White Paper」と題された文書。
*5:使用する前に撮影するのを忘れていたため、使用後に洗った後の画像を「使用前」としています。
*6:U.S. Army Research, Development and Engineering Command。略称はUSRDECOM。