播磨の山々

兵庫県姫路市周辺の山歩きと山道具の紹介をしています。2019年5月、Yahoo!ブログから引っ越してきました。

兵庫県赤穂市の尼子山(259.2m)

本日は、兵庫県赤穂市にある尼子山(尼子山城跡)に登ってきました。
尼子山は山頂に巨岩があって、麓からでも非常に目立った山容をしています。
 
▲対応する地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図「相生」。
 
08:50
姫路市街の自宅を車で出発。
姫路南ランプから姫路バイパス(国道2号線)に乗って西へ。
 
相生駅が近づいてきて、正面に2号線をまたぐ陸橋が見えてきたら、「↖赤穂 相生市街」の標識に従って本線から側道のような登り坂に入ります。
 
「相生陸橋」交差点を左折し、県道121号線と県道64号線で相生市街を通り抜けたら、突き当たりの「ポート公園前」三叉路を右折。
ここからは国道250号線です。
 
国道250号線はペーロン城前を通過して左へ曲がり、工和橋を渡ります。間違えて直進しないで下さい。
 
そのまま国道250号線を道なりに進んで曲がりくねった峠道を越えたら、千種川(ちくさがわ)を渡る直前の交差点(名前は無い)を右折します(右折レーンがある)。
 
そして、千種側の左岸沿いの県道459号線(堤防の上の道)を北上すると、およそ1kmで河川敷の駐車場へ下りる道に出会います。
これを下りるのですが、左へ急角度のカーブになっているため一発で入るのは難しい。そのため、左折での進入は禁止されています。
 
河川敷へ下りる道をひとまず通り過ぎ、その先の交差点を利用してUターンしてから逆戻りし、河川敷の駐車場へ下って下さい。
 
姫路市街地から河川敷の駐車場までのルートを「ルートラボ」で公開していますので、参考にして下さい。
 
以下のURLをクリックすると、駐車場の位置がGoogleマップで表示されます。
 
 
09:40
河川敷の駐車場に到着(地図中「P」)。
 
▲駐車場の様子(堤防の上から狭い坂道を下ったところにある。矢印の始点に立っている看板は、左折進入を禁止する旨が書かれた看板。)
 
09:49
準備を整えて出発。
駐車場の北端にある坂道(車両は進入禁止)を登り、東の高野集落へ入ります。
 
▲堤防の上から高野集落へ入る
 
道なりに集落内を進み、カーブミラーとホース格納箱のある小さな橋を渡って下さい。
 
▲カーブミラーとホース格納箱のある橋から集落の奥へ入る
 
そして、誓教寺前の細い道へ入り、民家の前を通る簡易舗装の細い道を進みます。
これで、登山口のある尼子神社にたどり着けます。
 
▲誓教寺前を通る
 
▲民家の前の細い道を進む
 
尼子山登山の最難関は、この登山口探しと言って良いかも知れません。
 
09:55
尼子神社に到着(地図中「尼子神社」)。
登山道は神社の手前から左に分岐しているのですが、せっかくなので神社にお参り。
 
▲尼子神社
 
09:58
尼子神社の鳥居脇から登山道に入りました。
ここには登山口の標柱が立っているので、間違えることはありません。
 
▲尼子神社前の登山口
 
尼子神社から南への道は落ち葉が積もっていて道の形ははっきりしませんが、赤・白・ピンクのリボンが木に結ばれているので、道を外すことはないでしょう。
 
▲尼子神社から南への道の様子
 
この道の途中には、コンクリート製の台座と碍子の破片が残る送電線鉄塔跡地があります。
 
2分ほど歩くと、道標のある丁字路に突き当たりました。
道標の文字は左が「尼子将監の墓」右が「尼子山」。
 
尼子将監の墓は丁字路から数十メートルしか離れていません。せっかくなのでこのお墓にも手を合わせてから山頂を目指しましょう(地図中「尼子将監の墓」)。
 
ただし、尼子将監義久はこの尼子山城で討ち死にしておらず、後世の人が伝説を元に立てた墓だと考えられます。
 
▲尼子将監の墓の全景
 
▲尼子将監のものとされる墓(右)
 
先ほどの丁字路に戻り、緩やかな登り坂を北へ進みます。
 
▲尾根を北へ進む緩やかな道の様子
 
10:05
はげ山(75m標高点)への分岐(道標がある)を通過(地図中「はげ山分岐」)。
 
名前は「はげ山」で展望が良さそうに聞こえますが、実際は雑木に囲まれていて展望がないため、今回はこの分岐を無視しました。
 
この分岐近くにも送電線鉄塔の跡地がありました。昔はこの尾根を東西に送電線が横切っていたのかな。
 
はげ山分岐から先は道の斜度が増し、手すり代わりにトラロープが張られている場所もありました。
 
10:13
「休憩所 四合目」と刻まれた標柱の立つ展望所に到着(地図中「休憩所(四合目)」)。
振り返ると南側の展望を楽しめます。
 
▲休憩所(四合目)の標柱
 
休憩所(四合目)からは、いったん道がなだらかになりますが、楽な区間はすぐに終わり、またトラロープのある急坂を上ることになりました。
 
3月になったばかりなのに気温が高く、汗だくです。
 
▲標高160m付近の様子
 
やがて路面がザレた岩になりますが、そうなると間もなく見晴台(七合目)です。
 
10:28
見晴台(七合目)に到着(地図中「上高野分岐」)。
見晴台(七合目)の標柱の立つ場所のすぐ上に上高野への分岐があるため、地図では「上高野分岐」としています。
 
暑さでヘロヘロになっていたので、休憩を兼ねてドローンを飛ばすことにしました。
 
▲見晴台(七合目)の標柱(中央右上に見えている板は「上高野」への道標)
 
▲ドローンで撮影した見晴台(七合目)の様子(山頂の巨岩と、同じく山頂にある尼子神社の石鳥居が見えている)
 
10:40
汗が引いて息も整ったので、山頂に向けて出発。
 
上のドローンで撮影した画像から分かるとおり、七合目から先は岩がちな道で、巨岩の脇をすり抜けるようにして登って行きます。
 
▲七合目から先の道の様子
 
10:45
石鳥居に出会いました(地図中「石鳥居」)。
信頼性は不明ですが、ネットの情報によると安永3年(1774年)のものだそうです。
 
鳥居に向かって右側の脚の裏側には、何やら文字が刻まれていましたが、私には読めません。
 
▲山頂直前に立つ石鳥居
 
石鳥居をくぐって進むと、すぐに新しい赤い鳥居に出会います。
新しい鳥居からは簡易舗装の細い参道が作られていて、その先にあるのは立派な拝殿。
 
▲赤い鳥居
 
▲尼子山山頂にある尼子神社
 
山頂の尼子神社拝殿に向かって右側の空間には削平地があり、四等三角点標石(点名:尼子山)が埋設されています。
 
その三角点標石のすぐ近くには「尼子山湧泉案内板」なるプラスチック製の板が掲示されていて、その横からは戦国時代の尼子山城の水源になっていた(?)かも知れない井戸跡を見に行くための道が始まっています。
 
▲尼子山湧泉への道
 
この道を下るとすぐ左側に、何段かに渡って展開された削平地を見ることが出来ます。
これは尼子山城の郭跡。
 
【城史】城主は尼子将監義久といわれている。尼子氏の播磨進攻は天文7年(1538)にはじまり、城山城を本拠とした尼子詮久はつぎつぎ播磨の諸城を陥れていった。尼子山城もこのときに攻め落されて尼子氏が入城したのかもしれない。しかし、尼子氏の占拠以前の城主の名はあきらかでない。『赤松家播備作城記』には「尼子山城 赤穂郡坂越庄高野村尼子将監守之。天文年中討死。戸田氏守之。天正中落城」とある。しかし、尼子将監義久は永禄5年(1562)出雲富田の城主として毛利軍に包囲されて戦っているところからみて、尼子山城が落城したといわれている永禄6年には義久は尼子城に居なかったことは確かである。天正6年(1578)上月城で討死した尼子勝久は尼子の支族であるところからみて、この尼子城に居た城主もその系統の尼子氏であったかもしれない。 

出典:都道府県別 日本の中世城館調査報告書集成 第15巻 p201 
   兵庫県教育委員会・和歌山県教育委員会編 2003年4月30日発行 ISBN4-88721-446-4
▲尼子山城の郭跡
 
プラ板に黒のカッティングシートを切り抜いた矢印が貼られた道標が要所に設置されているので、尼子山湧泉への道は分かりやすいです。
 
▲尼子山湧泉への道にある道標
 
10:55
尼子山湧泉に到着(地図中「尼子山湧泉」)。
わずかに石組みが残った井戸跡です。
 
黒いホースは山頂の神社まで伸びています。
ポンプでここの水をくみ上げているのでしょう。
 
▲尼子山湧泉
 
再び山頂に戻り、麓から目立っている山頂の巨岩に上ることにします。
 
巨岩へのルートは、神社の拝殿に向かって左側の道。
少し下ったところは削平地になっていて(郭跡)、その削平地の南端に巨岩が鎮座しています。
 
11:04
巨岩には裏から登ることはできません。
西側に回り込んで、岩に斜めに刻まれた溝を足掛かりにして登ります。
 
この巨岩の上り下りは、尼子山登山の唯一の危険箇所。
 
▲山頂の巨岩には、この写真に写っている斜めの溝を伝って登る
 
▲山頂の巨岩の上に立ってドローンで記念撮影(矢印の位置に私が立っています)
 
▲ドローンで撮影した尼子山山頂の巨岩と尼子神社(矢印の位置に私が立っています)
 
巨岩の上でどのような景色が楽しめるのかは、以下のURLから全天球パノラマでご覧下さい。
 
▲尼子山山頂の大岩の上で撮影した全天球パノラマ
 
▲尼子山をドローンで空撮した全天球パノラマ
 
11:23
そろそろ昼食の準備に取りかかろうと思いましたが、巨岩の上を独り占めしていたら、他のハイカーさんが来たときに申し訳ないので、場所を変えることにしました。(結局誰にも会いませんでしたが)
 
神社の拝殿前に戻ってきましたが、あまり展望は良くありません。
 
七合目まで戻ろうかなと思いましたが、石鳥居まで戻ったところで鳥居前の岩場に気づきました。
展望が良いし、通行の邪魔にならないので、石鳥居の前で昼食を摂ることに。
 
▲石鳥居の前にある展望岩場
 
11:27~12:30
石鳥居の前のちょっとした岩場で昼食休憩。
本日のメニューは、白飯に丸美屋の五目ご飯の素を混ぜ込んだ五目ご飯と、インスタントの豚汁。
 
この豚汁は、コストコで50食入りのを買ってしまったため、ことある毎に飲んでいます。
 
▲本日の昼食(五目ご飯と豚汁)
 
12:00
食事を楽しんでいたら、ものすごいサイレンの音が聞こえてきました。
 
時計を見ると12時ちょうど。
麓にあるユニチカの工場の昼休みの合図のようです。
 
食事の後は、コーヒーとデザート。
 
▲本日のデザート(たけのこの里とコーヒー)
 
時折走るJRの列車の音、麓を走る車の音を聞きながら、ゆったりした流れの千種川やのどかな田園風景を眺めていたら、1時間近くも経過。
 
▲麓の田んぼの刈り取り跡が幾何学模様で美しい
 
12:30
ご飯と食後のコーヒーで文字通り重くなった腰を上げ、下山開始。
 
12:32
下山はピストンではなく、上高野へ下るつもりにしていたので、上高野分岐まで戻ってから西へ進みました(地図中「上高野分岐」)。
 
上高野への下山ルートは、延々と続くつづら折れの道。
 
▲このようなつづら折れの道が麓まで続く
 
標高160m付近では斜面が石に覆われていたり、標高70m付近からは道が雨でえぐられたようになっていて歩きづらくなっているなど、多少の変化はありましたが、基本的にずっとつづら折れの道が続きます。
 
12:51
かつて上高野にあった尼子神社の跡地前を通過(地図中「尼子神社跡地」)。
石垣と土塀の痕跡が残っていました。
 
▲森の中に埋もれた神社跡
 
神社跡の前を通り過ぎたら、擁壁のすき間から外へ出ます。
 
▲擁壁のすき間から外へ出ると下山完了
 
擁壁のすき間から出たところは民家と民家の間。
細い坂道を下って車道に出ると、「尼子山城跡登山口」の標柱が立っていました。
 
▲下山地点に立っていた標柱
 
この後は上高野の集落内を南東に進めば、すぐに駐車場です。
 
13:00
大きな石碑が立っているのを見つけました(地図中「石碑」)。
表を見ると「尼子の里 上高野」と刻まれています。
 
▲石碑
 
13:03
駐車場に帰着。
 
帰りは急がないので、はりまシーサイドロードと名付けられた海沿いの国道250号線をのんびりドライブして自宅に戻りました。
 
14:30
自宅に到着。