播磨の山々

兵庫県姫路市周辺の山歩きと山道具の紹介をしています。2019年5月、Yahoo!ブログから引っ越してきました。

兵庫県姫路市の手柄山(49.3m)


▲対応する地形図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図「姫路南部」。普段は自動車を止める場所を「P」で表していますが、今回は自転車なので、自転車の英単語の頭文字を取って「B」にしています。

 

安売りされていた2GBのSDカードを買ったのですが、家のカードリーダーでは認識されません。調べてみると、我が家のリーダーが対応しているのは1GBまで。
仕方がないのでカードリーダーを買いに駅南の大型専門店や手柄の有名電気店に行きましたが、欲しいメーカーの製品がありません。

 

何も買わずに家に帰ると、何のために出かけたのか分かりません。
せっかくなので、手柄の電気店のすぐそばにある手柄山(49.3m)に登ってきました。

 

運動のため家から自転車で来ていたので、車の時のように止める場所に悩む心配はいりません。
「手柄」交差点を西へ入って少し進むと、頭上に歩道橋(?)があります。これをくぐって坂を下ると、右手側に公園があります。この公園のすぐ手前に、山の上へ続く2車線幅の車道があるので、こちらへ入っていきます。
(この公園、スピード違反の取り締まりに使われることもあります。私も一度お世話になりました。)

 

さすがに自転車を漕いで登るのは辛いので、押していきます。地形図に書かれている石段の下に駐輪。
この道路は、全域が駐車禁止になっているので、車で行く場合は山の上にある駐車場(有料)に止めて下さい。

 

30段の石段が4セット、合計120段を上りきると、目の前に剣の形をした巨大な慰霊塔が現れます。

▲この石段を登り切ると・・・

▲慰霊塔前に出ます。

 

太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔
 この塔は先の大戦で空爆の犠牲となられた方々の慰霊に資するため、全国からの浄財により1956年(昭和31年)10月26日に建立されました。
 現在は109都市(東京都を含む)が加盟する財団法人 太平洋戦全国空爆犠牲者慰霊協会が維持管理を行っています。
 中央の塔身部は刀を地中に埋めた形で「もう戦争はしない」ということを表現しており、側柱には建設にかかわった全国罹災都市連盟(112都市加盟)の被災記録などが刻まれています。
 竣工以来、毎年10月26日に塔前においてこの浄域に眠る加盟都市50万9700余柱の犠牲者を追悼する平和祈念式典を挙行しています。

 

慰霊塔の裏に回ると、大きな円形方位盤が地面に刻まれています。その中に、「三等三角点」と刻まれた四角いフタがあります。開けるのは大変そうなので、フタだけ記念に撮影。

 

今まで登った山で、三角点が隠されていたのはここが初めてです。(姫路城の三角点も隠れているらしい)

 

手柄山の山頂や東側斜面には、砦のようなお城のような奇妙な建築物が残っています。
これは、私が生まれるよりも前(昭和41年)に開催された姫路博覧会の名残だそうです。
手柄山から姫路駅まで、当時はモノレールが走っていました。昭和49年に廃線になり、今では将軍橋脇のモノレール駅跡と、手柄山のモノレール駅跡が残っているだけです。

 


▲お城のような砦のような、妙な建物。子どもの頃遊んだ記憶があります。

 

上の写真の構造物の左側に展望台があります。ここからの眺めはすばらしい。
手柄山の標高が低いので遠くは見えませんが、姫路市街地とその周辺の山並みが一望出来ます。
書写山と広峰山塊の間には、明神山も見えています。その奥に見えるのは雪彦山かな。明神山の右に見えているのは七種山か七種薬師でしょうか。

 

今日は突然思い立って手柄山に行ったため、デジカメを持っていません。
携帯電話のカメラを使って取った画像をつなぎ合わせてパノラマにしました。

▲手柄山山頂北端の展望台からの眺望(西~北~東、約180度の展望写真)

 

慰霊塔の前を東西に横切っている車道を西へ下っていくと、姫路市平和資料館と回転展望台があります。

▲姫路市平和資料館

▲回転する展望台(逆光で撮影失敗)。建設当初は未来的なデザインだったんでしょうね。

 

一通り手柄山の見物を終え、今度は北の冑山に向かいます。
手柄山山上の展望台から目の前に見えていた小さな丘です。
地形図には山名も書かれており、36mの標高点もあります。

 

自転車で手柄山の東側の細い道路を北へ進み、文化センター前を通って西へ進みます。
JRの高架をくぐってすぐに右へ曲がると、姫新線の踏切があります。これを渡ってすぐ左に喫茶店(?)のようなお店があるので、このお店のすぐ北にある道を西へ入ります。鳥居があるのですぐに分かります。

 

少し進むと、右手側に石段(地形図にも記載有り)があるので、これを登ります。
140段ほど(数えている途中に忘れ、帰り際に数えようと思っていたのにまた忘れてしまいました)の石段を登り切ると、冑山神社です。

▲冑山神社

 

第二次世界大戦の空襲で焼失し、昭和41年に現在の姿になったようです。

 

見晴らしはありませんし、特に見るべき物もありません。

 

石段を下り、自転車で帰路につきました。

 

手柄山は山上に慰霊塔や平和資料館があるだけでなく、西側には遊園地(夏はプールもある)、東側には水族館、南には植物園があります。家族連れなら、一日遊べそうです。
夜は夜景がきれいだそうです。