今日も黄砂の影響か、かすんでいて展望が望めそうもありません。
かといって家でじっとしているのも退屈なので、近所の低山で散歩をしてきました。上着のポケットにコンパスと地形図を入れ、反対側のポケットに290mlのペットボトルを入れて家を出発。
登ったのは姫路市街の北にある八丈岩山(はちじょうがんざん)。ヤタケノイワヤマという読み方もあるそうです。
標高が172.9mしかありませんが、地形図にもしっかりと名前が記載された独立峰です。この山は、右手をパーに広げて手の甲側から見たときのような形をしています。
この山の登山口はたくさんあるようですが、私は西新在家にある登山口しか知りません。小学校~中学校の時は、ちょくちょくこの山に登って遊んでいました。
西新在家の登山口というのは、山を右手に見立てたとき、手首に相当するところにあります。
地形図で言うと、山頂から真南へ約700mほどのところにある21m標高点のある交差点を北へ進み、山の麓で道が右(東)へ曲がり始めるところです。
カーブミラーがあり、登山口の表示杭もあります。(1枚目の写真)
この登山口からの道はかなりよく踏まれており、快適に歩けます。左右は雑木に覆われていて展望はありませんが、ある程度高度を上げてから振り返ると南東方向の展望が少しあり、桶居山の鋭い山頂がはっきりと望めます。
展望のない登山道ですが、山の中でも桜が咲いていますし、かわいい紫色の花も所々に咲いています(2枚目の写真)。ウグイスも鳴いていて、なかなか良い雰囲気でした。
一人静かにのんびり歩いていても、登り始めてわずか10分で山頂に到着してしまいます。
山頂に出ると大くて平らな岩(2m X 5m程度)があり、石柱が立っています(3枚目の写真)。この石柱の東面には「天長三○○九月○日影向」(○は読めなかった文字)と掘られており、南面には「高岡神社○蹟」(○は読めなかった文字)と掘られています。
石柱のすぐ先には小さな祠があり、その横に四等三角点標石(点名:八丈岩山)が表示杭とともに埋設されています。比較的新しい標石ですが、角が削られて無惨な姿になっています。
この祠のあるところが山頂なのでしょうが、展望はよくありません。石柱のあるところは東~南西にかけての展望が開けています。ここでジュースを飲んでちょっと休憩。
このまま引き返すと散歩にもならないので、八丈岩山を北へ縦断することにします。
西へ下る道もありますが、それは無視して祠と三角点の前を通過し、北へ進みます。すると、すぐに道が二股に分岐します。八丈岩山を右手に見立てたときに人差し指に相当する尾根を下ることに決め、分岐を左側に進みます。右へ進むと、中指に相当する尾根を下ることになります。
Web上では、中指に相当する尾根を通る記録ばかりで、人差し指の尾根(先端に貯水タンクがある)を通った記録が見あたりませんでした。そこで、どんな道があるのか確かめたかったのです。
この道もよく踏まれており、普段着でも快適に歩けます。山頂を出発してから5分ほどで送電線鉄塔に到着。2本の鉄塔が立っており、山頂側が「溝口線 三」、麓側が「姫路支線 三二」です。
(鉄塔に到着する前にも分岐があります(直進と右折)が、右折すると中指の尾根に出るようです。)
鉄塔の下を通過してさらに尾根道を進みます。すると、数分歩いたところでまた二股の分岐に出会いました。今度は直進か左折(斜面を下っていく)かの分岐です。貯水タンクは尾根上にあるので、そのまま直進してみます。
ところが、この分岐から先は道の様子が今までとは違います。最近は通る人が少ないように見えます。しかし、1分も歩かないうちに貯水タンクに到着。ここから地形図に描かれている階段で下ろうと思いましたが、貯水タンクも階段も有刺鉄線付きの柵の向こう側にあります。どうにかして柵をこえて階段を下りても、階段の入り口も厳重にガードされているはずです。
しかたがないので分岐へ戻り、滑りやすい斜面をずるずると西へ下っていきます。やがて竹の切り株が目立つようになり、その先で堰堤のようなコンクリート壁の脇を通って住宅街に出ました。
地形図上、貯水タンクへの階段の入り口(道路側)から南へちょうど100mほどの地点です。道路から見ると、堰堤の右上に関電の巡視路標識が見えるので、こちらから登ってみようと思う人は、4枚目の写真を参考にして登山口を探してください。
この後は100mほど西へ進んで太い車道に出て、それを南に進んで道なりに東へ行き、名古山トンネルから北へ延びる道に入って「アドスポーツ」で買い物をして帰りました。
注意:八丈岩山に登山者用駐車場はありません。