概要
私が山歩きを始めたのは、2000年代初め頃。
その当時は、現在のようにスマホやGPS受信機で簡単に現在地を割り出すことはできませんでした。
そもそも今のようなスマホは存在せず、地図を表示出来るGPS受信機は高価。
そういった理由で、当初は山を歩くとき地形図とコンパス、歩測といった技術を活用して現在地を求めていました。
今となっては古くさい技術かも知れませんが、こうした技術は、現在でもGPS受信機やスマホの故障、電池切れといった状況で活用できる(私自身もGPS受信機の不調時にこの技術で助けられたことがあります)ので、身につけておいて損はありません。
今回の記事では、コンパスと地形図で現在地を知るための方法の内、「後方交会法」を紹介します。
英語の勉強のために当時私が読んでいた米軍のマニュアルに書かれていたものです。
▲私が山歩きで使用しているコンパス(SILVA コンパスNo.15TDCL)
注:「後方交会法」は測量の分野でも使われる専門用語なので、この記事では単に「コンパスと地形図で現在地を知る方法」としています。オリエンテーリングでは同様の技法を「クロスベアリング」と呼ぶようです。
コンパスと地形図で位置が分かる原理
コンパスと地形図で現在地を知る原理は単純で、現在地から実際に見えている目標物(山や橋、川の曲線など)への方位角*1をコンパスで測定し、地図上で目標物に対して同じ角度の線を引くと、その直線上のどこかに自分がいることになるというもの。
「直線上のどこか」に自分がいることが分かっても仕方ありませんが、実際は自分が歩いている尾根が地形図上のどの尾根なのかは分かっているはず(それすら分かっていなければ、もはや道迷い遭難状態)なので、目標に向けて引いた直線と尾根の交点が現在地ということになります。
兵庫県南部で人気のある高御位山(たかみくらやま)を例に説明します。
例えば、高御位山山頂の西で東西に延びる稜線のどこかを歩いているとしましょう。
稜線上から南を見ると池や道路が見えますが、その中で山の上から明確に識別できるのが公園墓地の南にある交差点だったとします*2。
▲自分の位置が高御位山山頂の西側の稜線上で、南に交差点が見えていると仮定する
現在地から交差点への方位角をコンパスで測って170度だったとします。
そうしたら、地形図上に方位170度の線をイメージします。
▲地形図に方位170度の線(赤線)をイメージした様子
この方位170度の線を平行移動させ、線が交差点に接するようにします。
▲線を平行移動させ、線が交差点に接するようにする
この時、直線は交差点が方位170度に見える場所を表しています。
つまり、(土地の起伏や障害物を無視すれば)この直線上のどこにいても交差点は方位170度に見えるわけです。
自分は高御位山の西の稜線を歩いているので、稜線上で交差点が方位170度に見える場所、つまり直線と稜線が交わる場所が現在地であると判断できます。
▲自分は稜線上にいて、交差点が方位170度に見えるので、この図の赤丸の位置が自分の現在地だと分かる
注:上記の説明は、コンパスと地形図で現在地を知る方法の原理を示すためのものです。単純化するため、磁針偏差(後述)は無視しています。
ここまでの説明でお分かり頂けたと思いますが、コンパスと地形図で現在地を知るためには、以下の条件が全て満たされていないといけません。
- 地形図が読める(等高線から地形を想像できる)こと
- 地形図上で判別しやすい目印が現在地から見えていること
- (どの尾根を歩いているのか等のおおざっぱなレベルで)自分の位置がおおよそ分かっていること
これらの条件が満たされていない場合、他の方法を使って現在地を調べないといけませんが、それについては後編で紹介します。
コンパスと地形図で現在地を知るための準備
地形図が読めない方は、まずは読図を勉強してください。
地形図が読めなければ、現在地を知るために必要な測定目標を地形図上で判別することができません。
このブログでは過去に地形図の読み方を説明する記事を公開していますので、興味のある方はどうぞ。
コンパスで現在地を知るためには、ちょっと細工をした地形図も必要です。
その「細工」とは、地形図上に方位角の基準となる線、つまり「磁北線」を引くこと。
▲カシミール3Dの画面に表示されている地形図(左へ傾いた赤い線が磁北線)
パソコンで地形図閲覧ソフト「カシミール3D」をお使いの方は、カシミール3Dで地形図を印刷する際に磁北線も一緒に印刷してしまえば、手間がかからず便利。
▲カシミール3Dを使い、磁北線を含めて印刷した地形図(磁北線が見えやすくなるように加工しています)
「なぜ磁北線が必要?」と思われるかもしれませんが、それは地図の北(真北)とコンパスが示す北(磁北)に差があるから(これを磁針偏差といいます)。
真北は北極点を指す方角で、磁北は磁北極を指す方角ですが、磁北極は年々移動しており、現在も真北と磁北の差は広がり続けています。
▲私が住む兵庫県付近では真北と磁北との間に8度ほどの差がある
見ての通り大きな違いがありますから、その差を考慮してコンパスを使わないといけません。
そこで役に立つのが磁北線なのです。
「カシミール3Dはよく分からない」という方は、無料で簡単に磁北線入りの地形図を印刷できる「地図プリ」というWebサービスを使っても良いと思います。
コンパスと地形図で現在地を知るための手順
「コンパスと地形図で位置が分かる原理」の項で説明した内容について、具体的に説明します。
例として、兵庫県姫路市にある明神山のCコースを歩いているとき、自分がCコース上のどこにいるのか(GPSを使わずに)調べることにします。
明神山の地形図と登山コースは、下図のようになっています。
▲明神山の一般的な登山コース(「大熊の頭」と「西の丸」は、目立つ小ピーク。表記していませんが、AコースとCコースの間の谷間にBコースがあります。)
方位角の測定目標を選定する
地形図を見ると、Cコースの東西どちらの尾根も方位角測定の目標になりそうですが、現地ではAコースの尾根の方がよく見えます。
したがって、明神山のCコースで現在地を調べようと思ったら、Aコース上にある小ピークを目標にするのが適しています。
こういったことは、実際に現地へ行かないと分かりません。
展望が得られない場合は、登山道を意図的に外れて展望の良い場所に行くなど、状況に応じて臨機応変に行動することも必要になります。
▲植物が葉を落とす冬は、木々の間から展望を得やすい(注:この画像は明神山ではありません。)
ここでは、Aコースの2つ並んだ小ピーク(「大熊の頭」と「西の丸」)のうち、「西の丸」を測定目標にすることにしました。
Cコースに立つとこれらの小ピークがよく見えますし、これらは地形図上でも明確に判別できます。
今回は説明しやすいという理由で、名前がついた小ピークを測定目標にしています。
実際は名前がついた山頂や小ピークでなくても、地形図で識別可能な地形(鞍部や急斜面の端など)で、なおかつ現在地から見える場所なら何でも良いのです。
目標の方位角を測定する
現在地から「西の丸」への方位角をコンパスで測ってみました。
私が使っている鏡がついたコンパス(ミラーコンパス)では、下の画像のように鏡を見ながらコンパスを操作することになります。
▲ミラーコンパスで小ピーク「西の丸」の方位角を測る様子(実際に明神山のCコースで撮影した画像)
続いて一般的なプレートコンパスでの操作を説明しますが、その前に、コンパスの各部を下図の通り呼ぶことにします。
▲コンパスの各部名称(この記事のために便宜的に付けた名前です。他で使っても通じない名前ですので、ご注意ください。)
一般的なプレートコンパスで目標の方位角を測定するときは、コンパスに描かれた進行方向矢印を目標に向け、真上からコンパスを見下ろしながらベゼルを回し、ベゼル内に描かれた方向線と磁針を平行に揃えます(磁針の赤色と方向線の赤色の向きを合わせる)。
▲プレートコンパスでの方位角の測定方法(イメージ図)
これで、目標の方位角が測定できました。
現在地を求める作業では方位角を知る必要はありませんが、方位角の読み取り方を紹介しておきます。
コンパスには、「ここにある数字を読みなさい」という意味の目印が必ず描かれています。
その目印の位置にあるダイヤルの数字が、目標への方位角です。
▲今回測定した「西の丸」への方位角は224度
この状態では、コンパスの方向線の延長線と、コンパスの側面にある定規によって作られる時計回りの角度が、224度になっています。
▲ダイヤルを回して方位角を測ると、方向線の延長線(赤線)とコンパスの縁(画像内では青線で強調した部分)の前方(先端)側との間の角度がその方位角と同じになる
これは少し分かりにくいかも知れません。
ベゼルを様々な角度に設定し、定規と方向線との間の角度の関係を確認してみてください。
地形図上で現在地を特定する
この後は、コンパスの磁針の向きは無視します。
コンパスの使い方が覚えられない方は、必要の無いときに磁針の向きを気にしたり、地図を整置する(地図の北と実際の北を合わせる)ことにこだわったりしている場合が多いように思います。
現在地を求める際にコンパスの磁針の向きが重要なのは、目標の方位角を測る時だけです。それ以外の操作では磁針を一切無視してください。
また、(米軍や自衛隊が使っているようなレンザティックコンパスを使う場合を除いて)地図の整置は不要です。
では、地形図上で目標への方位(今回は224度)を示す線を引いてみましょう。
実際に地形図に線を引くのではなく、コンパスの縁にある定規を直線に見立て、コンパスを地形図上に置くことで直線を引いたことにします。
まずはコンパスを地形図上に置き、ダイヤル内の方向線の赤い方が上(地図の北)になるように注意しながら、方向線と地形図に引かれた磁北線を平行にします。
▲コンパスの方向線と地形図の磁北線を平行にする
この作業により、コンパスの定規は地形図上の磁北線を基準に時計回りで224度の角度になりました。
つまり、自由に動かせる方位224度の直線を地形図上に作ったことになります。
磁北線とコンパスの方向線が並行を保つようにしながらコンパスを滑らせて、定規の前方(コンパスの先端側)を地形図上の「西の丸」に合わせます。
この状態では、コンパスの定規沿いは「西の丸が方位224度に見える場所」ですから、今回の例ではCコースを示す破線とコンパスの定規が交わる地点が現在地ということになります。
▲224度に傾いた定規の前方を測定目標である「西の丸」に当てると、定規の後方とCコースの交点が現在地ということになる
文章で見るとなんだかややこしいのですが、百聞は一見にしかず、歩き慣れた山で実際にお試しいただければ、案外簡単な作業だと分かって頂けると思います。
こんな風に、コンパスの方向線と地形図の磁北線を平行に合わせるだけなので、具体的な方位角を知る必要はありませんし、地図の整置も不要なのです。
長くなったので、今回の「前編」はここまでにします。
「後編」では、現在地を求める際に精度を上げる方法や、その他の注意点などを紹介します。