播磨の山々

兵庫県姫路市周辺の山歩きと山道具の紹介をしています。2019年5月、Yahoo!ブログから引っ越してきました。原則として更新は週に1回です。広告は表示しません!

織田と毛利が対峙した最前線の山城:仁位山城跡(兵庫県佐用郡佐用町)

警告!

仁位山城跡に見学用のルートは設定されていません。道がない山頂部分を、縄張り図とコンパスを頼りに見学することになります。
山歩きの経験が長くても整備されたルートしか歩かない方や、航法装備(GPS、地形図、コンパス)が不十分な方にはお勧めしません。

概要

いつものようにGoogleマップを眺めて登る山を探していたら、「仁位山城跡」なるものを見つけました。

仁位山城

【城史】この城は天正5年(1577)羽柴秀吉が上月城を攻略するに当り、この陣山に付城をつくり安藤信濃守が800騎を率いてここに陣を張ったといわれている。北峰の遺構は付城にふさわしい簡単な縄張りであるが、南峰の縄張はかなり複雑で、多くの郭跡や畝堀があり、秀吉の本拠地高倉山にくらべて規模は小さいが、その多様性は目を見張るばかりである。秀吉が付城とする以前にすでに創築されていた可能性が強いが、これに関する伝承・記録は何も残っていない。
【現状】仁位の陣山は2つの峰からなっている。南方のものは標高233mあり、ここから北方へ下ったところに別峰があり、ここにテレビ塔が建っている。この山の北側は急斜面で、その下を佐用川が流れており、川を隔てて上月城の荒神山に対している。南方見土路集落に登山道がつくられている。
 北峰は頂上に南北16m、東西16.5m、ほぼ円形の削平地がある。北の方へ低い段があり、その下に10m×10mの削平地があり、その先に幅3m、深さ2mの掘割がつくられている。小規模な出城とみられる。
 別峰は北峰より30mほど高い。頂上に南北18m、東西20mの削平地がある。この削平地のまわりには2m前後の土の段があって、その下に本郭をとりまいてせまい削平地がめぐっている。ここからの遺構は山の西側と南側に限られている。削平地とそれにともなう崖にまじって3本の横堀と20本の竪堀が整然と築造されている。この20本の竪堀はテレビ塔工事用の道路を造ったとき、切断された山肌に三日月型の断面があらわれてはじめて発見されたものである。整然と山の斜面を上から下へ走っているが、その下端は山裾に達せず途中で終っている。1本1本が独立して走っているもの、数本がその上端で1本の横堀によって連絡しているもの、1本の竪堀と1本の横堀がかぎ形に連絡しているもなどいろいろである。堀と堀の間は堀の土をもりあげて土塁のように高くなっている。一見畑の畝のように見えるところからこれを畝堀とよんでいる。このような畝堀のある例は神崎郡恒屋城のものが古くから発見されていたが、最近南光町の中島城にも発見された。

(出典:兵庫県教育委員会 編『兵庫県の中世城館・荘園遺跡 : 兵庫県中世城館・荘園遺跡緊急調査報告』,兵庫県教育委員会,1982.3. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12239438 (参照 2025-06-12)


▲畝状竪堀群の上に幟が立ち並ぶ仁位山城跡

地形図を見ると山の上に電波塔があり、その点検用と思われる実線道(軽車道)が見土路(みとろ)から電波塔まで続いています。

車道なら蜘蛛の巣に悩まされることはなさそうですし、斜度は緩いはず。
地形図でその車道の長さを測ってみても1km程度ですし、標高差も150mほどしかありません。

暑い時期でも簡単に登れそうです。

というわけで、本日はその仁位山城跡を歩いてきました。

本日の行程は、次の通りです。

  1. 地形図で「見土路」とされている場所にある登山者用駐車場に車を置く。
  2. 整備された道で仁位山城跡を見学。
  3. 仁位山城跡で昼食。
  4. 往路を引き返して下山


▲対応する地形図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図「上月」(谷間の軌跡は不正確)


▲カシミール3Dで作成したルートの断面図

姫路市街から駐車場へ

9:35
姫路市街の自宅を車で出発。

姫路バイパス(国道2号線)を西へ進み、千種川を渡る手前にある「有年原(うねはら)」交差点(三叉路)を右折。

ここからは国道373号線で、千種川に沿って北上します。

「有年原」交差点から国道373号線を走ること約19km、「円光寺トンネル」を抜けて250mの場所で右折し、下上月橋佐用川*1を渡ります(橋を渡るための右折車線があります)。

橋を渡り切った所はややこしい形の交差点(左、左前、右前、右の四方向への分岐)ですが、そこを右前方に進み、580mほど走った所にある交差点(仁位山城への小さな道標と幟がある)を左折。

100mほど走ったところで丁字路に突き当たったら右に曲がり、すぐ左へ曲がります。

「仁位山城」への登山客を歓迎してくれているようで、要所要所に小さいながらも道標が設置されています。それらに従えば道を間違える心配はないでしょう。

集落を北へ抜けた所に、登山者用の駐車場があります。


https://maps.app.goo.gl/CnKXK2g5q3QF7oTL6
▲仁位山城跡登山者用駐車場の位置

10:45
駐車場に到着(地図中「P」)。


▲仁位山城登山者用駐車場

駐車場から仁位山城跡へ

10:55
靴を履き替え、GPS受信機の衛星捕捉を待ち、全身に虫よけスプレーを振りかけて出発。

駐車場横の簡易舗装の道を少し登ったところが登山口で、駐車場からも見えています。


▲登山口の防獣ゲート

このゲートは、右側に蝶番(ちょうつがい)があり、左側にロック機構が備わっています。

扉の外側と内側の両方に向かって板状の持ち手が飛び出しており、それを持ち上げるとロック用の棒が筒からはずれて、扉のロックが解除される仕組み。


▲扉の外からでも内側からでも操作しやすい仕組み

棒と筒を組み合わせたロックを外したら、扉の下端にある車輪のロックも解除する必要があります。2つのロックを外してから手前に引くと、扉は滑らかに開いてくれます。


▲扉の下端にある車輪のロック解除も必要

防獣ゲートを元通りに閉じたら、橋を渡って簡易舗装の道を登っていきます。


▲序盤では道沿いに「仁位山城」と書かれた幟が立っていた

堰堤を左に見下ろしながら進んでいくと、道は徐々に西寄りに向きを変えて北西へまっすぐ登っていくことになります。

この区間は両側が急斜面の谷底に近い場所で、薄暗く、少し不気味さを感じました。

このような深い谷のため、GPSの軌跡が不正確になっています*2


▲両側が急斜面の谷を進む

歩いていたら突然ブザーのような音が鳴り、慌てて自分が持っている電子機器を確認しましたがブザーが鳴るようなものはありません。

何やら動くものが視界に入ったのでそちらを見ると、道端に動物の死体の一部が落ちていて、そこにたかっていた無数のハエが私に驚き、一斉に飛び立った羽音がブザーの音に聞こえたのでした。

簡易舗装の道が左へ大きく曲がるヘアピンカーブの頂点付近では、林業用の作業道のような道が尾根の上に向けて延びていました。

電線もそちらへ延びているので、現役の電波塔があるようです。


▲地形図で北に描かれている電波塔への道(?)

南向きの道が西寄りに向きを変える辺り(地図中「Ⅲ郭」の南)から、山城マニアは目が離せなくなります。

道の右側に無数の畝状竪堀(うねじょうたてぼり)が姿を現しました。

写真では分かりづらいので、山城跡好きの方はぜひご自身の目でお確かめください。


▲数十本の畝状竪堀を見ながら進んでいく


▲畝状竪堀は今でもこの深さがあるため、往時はかなりの深さがあったと考えられる

よく見ると、畝状竪堀の上部が隣同士でつながっていたり、どこにもつながっていないものもあったり、複雑な構造をしていることが分かります。

道の左側(谷側)にも畝状竪堀がしっかり残っているところがあり、上も下も見ながら歩かなくてはいけません。

山城マニアはなかなか先に進めなくなるかも。

Ⅱ郭の南側付近で、簡易舗装の道はアスファルト舗装に変わり、道の右側に「仁位山城跡登り口」と書かれた看板を見つけましたが、薮っぽいので舗装道路を終点まで進むことに。


▲仁位山城跡登り口(今回は通過)

Ⅱ郭とⅠ郭の間で舗装道路は途切れました。


▲舗装道路の終点

ここから左(北)へ進めばⅠ郭、右(東)へ進めばⅡ郭Ⅲ郭です*3

まずはⅠ郭の方へ進みましたが、地形図に記載されている電波塔がありません

11:24
三角点標石を通り過ぎて先へ進むと、薮っぽくなっていますが土橋と堀切(事前に縄張り図で存在を知っていました)の痕跡を見ることができました(地図中「堀切・土橋」)。


▲四等三角点標石(点名:仁位)

立体感がさっぱり分からないので、堀切と土橋の写真は掲載しません。

お昼ご飯にはまだ早いので、舗装道路の終点まで引き返し、今度はⅡ郭方面を見学することに。


▲Ⅱ郭方面への道(写っている簡易トイレは使用不可)

Ⅱ郭は削平が甘い平坦な空間で、見学用の通路はありません
森の中を自由に歩けます。

城跡探索をしたい方は、縄張り図とコンパス必携です。


▲Ⅱ郭の様子

そのままⅢ郭の方に向かって緩やかな斜面を下ると「ため池跡」の看板がありましたが、薮に覆われていて何も見えません。


▲Ⅲ郭にある「ため池跡」の看板

Ⅲ郭の見どころは、北にある三重堀切(ほりきり)です。

11:31
三重の堀切を見つけました(地図中「三重堀切」)。

単純に堀切が三本平行に通っているわけではなく、よくわからない複雑な地形になっています。

このややこしさも、ぜひ現地でお確かめください。


▲3本のうち1本の堀切の断面

Ⅲ郭の東端に行ってみましたが、それなりの高さの段差で区切られた削平地が何段か並んでいるのがよく分かりました。

一通り城跡を見学したので、お昼ご飯にしましょう。

昼食

11:46
地形図で電波塔が描かれている(実際は存在しない)Ⅰ郭に戻ってきました。


▲何もないⅠ郭

まずはドローンを飛ばして遊ぶことに。

上月城を秀吉が攻めた時に本陣が置かれた高倉山と、前線基地だった仁位山城との距離がどの程度なのか確かめたかったので、それを撮影してみました。

かなりの距離があります(直線距離で2km)。


▲仁位山城のⅠ郭(右下)と高倉山(秀吉の本陣)との位置関係(ドローンで撮影)

兵庫県遺跡地図によると、仁位山城跡と高倉山城跡の間には「高倉仁位間曲輪群」と名付けられた郭群が延々と続いているようです。


▲仁位山城周辺の山城等の分布(出典:兵庫県立考古博物館Webサイト内「兵庫県遺跡地図」に当ブログ管理人が城跡などの名称を赤字で書き加えた)

仁位山城跡と周辺の山城や砦の位置関係が分かるよう、ドローンを使用してⅠ郭の上空で全天球パノラマを撮影しました。

パノラマ画面内左上のリストから「地名あり」を選択すると、周辺の山城や砦の名称が表示されます。


https://shimiken1206.sakura.ne.jp/panorama/niiyamajo20250615/index.html
▲仁位山城Ⅰ郭跡上空で撮影した全天球パノラマ

ドローンで遊んだ後は、お昼ご飯です。

本日のメニューは、釜揚げしらす丼

ちょっとお高めの商品が置いてあるスーパーに行ったとき、釜揚げシラスの缶詰を見つけたのです。

生のシラスを山に持って行くと傷みそうですが、缶詰なら問題なし。


▲本日の食材(中央のド派手な袋は、「全国ふりかけグランプリ2024」で金賞をとった「サムライ贅沢ふりかけ」。姫路の会社が販売しています。)


▲アルファ米の上に海苔が主体のふりかけをかけて、その上にシラスを載せた


▲完成!

食後は周辺の山城跡を眺めてゆったり過ごしました。


▲誰も来ないので道具を広げて快適に過ごせた


▲北には宍粟の山並み


▲南には浅瀬山城跡


▲西はすぐ目の前に上月城跡(中央の低いピーク)。仁位山城からは上月城を見下ろす形になることが分かる。

下山

12:45
朝は曇っていたのに、昼にはすっかり晴れて暑くなり、アリや蜘蛛が体に這い上がって来るし、ハエやその他の羽虫も鬱陶しくなってきたので、下山開始。

舗装道路を下りました。

13:02
駐車場に到着。

交通アクセス

  • 自家用車で出かけるのが一般的です。
  • 公共交通機関を利用する場合はJR姫新線の上月駅が最寄りで、駅から登山口までの距離は約2km(徒歩30分)です。

参考情報

仁位山城跡の西には上月城跡があり、土日だけしか開いていませんが、上月歴史資料館もあります。

上月城は織田勢と毛利勢が対峙する最前線にあって、当初は毛利方でしたが織田方に敗れ、尼子氏が入りました。その後、毛利勢は上月城を奪還すべく周囲の織田方の城を落とし、孤立した上月城(織田方)は落城。尼子勝久は自害、家臣の山中鹿介は捕らえられて岡山県で誅殺されました。

仁位山城は、織田勢が上月城を落とした際は織田の付け城でしたが、後に毛利方に奪われて上月城の包囲に使われたようです。

Googleマップにはありませんが、地形図では下秋里地区に「戦」という地名が書かれていますから、かつてこの周辺が地名として残るほどの激戦地になったことが伺えます。

歴史好き、城跡好きの方は、これらの城跡をまとめて歩いても良いかも知れません。

 城跡は現在テレビ塔の所在するⅠ郭に削平地が四~五段認められる。主郭部はこれより東方に伸びる尾根上にある。ただし尾根上には削平地を設けず、自然地形をほぼそのまま残している。この尾根の南斜面に横堀と竪堀を組み合わせた(a)と一二条の竪堀(b)と、東端部尾根が落ちきる所(c)と、Ⅰ郭へ至る部分(d)と四か所に畝状竪堀群と虎口を巧みに配している。また北方尾根部分のみ扇状に三条にわたる堀切を設け、そのピークには明確な削平地Ⅲが認められる。


▲仁位山城図(出典:村田修三 編『図説中世城郭事典』第3巻 (近畿 2・中国・四国・九州),新人物往来社,1987.7. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12206675 (参照 2025-06-14))


▲仁位山城跡の地形(50cmメッシュ)(出典:この図は、以下の著作物を利用しています。 [兵庫県CS立体図]、[兵庫県])

*1:有年原交差点から17kmほど北上したところで千種川は二股に分かれ、国道373号線を走っていると支流である佐用川沿いを通ることになります。

*2:空の見える範囲が狭い谷間では、GPS衛星からの電波が谷間で反射したり(マルチパスと呼ばれる現象)、測位に適した衛星からの電波が受信できないといった理由で、測位が不正確になることがあります。

*3:「Ⅰ郭」「Ⅱ郭」「Ⅲ郭」は、それぞれ一般的に「一の丸」「二の丸」「三の丸」と呼ばれているものです。