播磨の山々

兵庫県姫路市周辺の山歩きと山道具の紹介をしています。2019年5月、Yahoo!ブログから引っ越してきました。原則として更新は週に1回です。広告は表示しません!

令和8・9年度 防衛モニターになりました

概要

突然ですが、当ブログ管理人は令和8年・9年度 防衛モニターを拝命しました!


▲防衛モニターの委嘱状

委嘱期間は令和8年(2026年)4月から令和10年(2028年)3月までの2年間で、活動内容は駐屯地や訓練の見学、防衛及び自衛隊に関する事項についての意見の提出等です。

防衛モニターとは

防衛省が発行する「防衛モニターの手引き」では、次の通り書かれています。

 1 防衛モニター制度の目的 
 防衛モニターは、防衛問題、自衛隊、安全保障、防衛政策などに関し、広く国民一般の方の意見、要望などをお聴きし、今後の諸施策の企画、立案や実施の資とするとともに、防衛省・自衛隊に対する皆様の理解の向上を図ることを目的としています。
(出典:防衛モニターの手引き)

簡単に書くと、自衛隊の各種イベントに参加したり、訓練の様子を見学したりして、自衛隊に対する意見や要望を伝えるのが役目です。

類似の制度に駐屯地モニターがありますが、防衛省から委嘱される防衛モニターは任期が2年国防や自衛隊に対する意見等を出すのに対し、駐屯地から委嘱される駐屯地モニターは任期が1年で、駐屯地に対する意見等を提出するという点が異なります。

他に、防衛モニターの発令元は防衛事務次官なのに対し、駐屯地モニターの発令元は駐屯地司令という違いもあります。

防衛モニターに応募する際、防衛モニターの選に漏れたら駐屯地モニターに応募するかどうかの意思確認もあったような気がします。(募集ページがもう無いので確認できません。電話面談の時に聞かれたような気もする…)

具体的な防衛モニターの役割は、次の通りです。

4 防衛モニターとしてお願いする内容

防衛モニター委嘱期間中にお願いすることの概要は次の通りです。

〔定期報告〕
 防衛省で作成したテーマについてアンケート方式で年1回ご意見を提出していただきます。(後略)。

〔随時報告〕
 防衛省から指定するテーマ、質問内容について、必要の都度、ご意見を提出していただきます。(後略)

〔自由意見など〕(任意)

 防衛問題や自衛隊に関する事項についてのご意見・ご要望がございましたら、適宜の時期に提出をお願いいたします。(後略)

(出典:防衛モニターの手引き)

防衛モニターの身分

防衛モニターは防衛省から委嘱されていますが、公務員になるわけではありません。
詳細は、「防衛モニターの手引き」に次の通り書かれています。

(1)皆様は、防衛省から防衛モニターに委嘱されていますが、これによって国家公務員という身分をもつ訳ではありませんので、自由な立場から率直なご意見をお願いいたします。

(出典:防衛モニターの手引き)

防衛モニターの人数

防衛モニターの人員選考区分という表が防衛省の「防衛モニター実施要項」に別紙第1として添付されており、それによると私が住む地域(自衛隊の区分で「中部」)では次の通りとなっています。

中部
18~29歳:11名
30~39歳:14名
40~49歳:18名
50~59歳:17名
60歳以上:10名
合計:70名

「中部」に含まれるのは富山、石川、福井、岐阜、愛知、三重、滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山、鳥取、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、高知の合計21府県。

中部方面の防衛モニターは、21の府県で合計70名しかいないということになります。

他の地域の場合、例えば関東地域が含まれる東部方面は11の都県で80名です。

駐屯地モニターは、規模によって駐屯地ごとに1名から10名程度が任命されるようです。

防衛モニターの選考

防衛モニターの選考がどのように行われているのかは、「防衛モニター実施要綱」で次の通り書かれています。

3 防衛モニターの選考要領 
(1)陸上幕僚長は、前項第2号に規定する者から、別紙第1の基準に従って防衛モニターの候補者を選定し、候補者の名簿を当該年度の2月末日までに、別記様式第2により事務次官に提出するものとする。 
(2)事務次官は、前号の名簿に基づき、防衛モニターを決定し、陸上幕僚長、海上幕僚長及び航空幕僚長に通知するものとする。
(出典:防衛モニター実施要綱 )

なお、次の条件に当てはまる方は応募できません。

日本国民でない方
委嘱開始日において18歳に満たない方
次に掲げる職にある方
(ア) 国会議員
(イ) 地方公共団体の議会の議員
(ウ) 常勤の国家公務員又は地方公務員
(エ) 非常勤の国家公務員のうち、行政相談員
防衛省職員の配偶者又は三親等以内の親族
防衛省(防衛庁を含む。)の勤務経験を有する方
(出典:防衛省Webサイト「令和8年度 防衛モニターの募集について」)

私が防衛モニターになるまで

防衛モニターになるには、まず募集期間内に防衛省のWebサイトから応募します。

私が応募した防衛モニターの募集締め切りは2025年8月31日でした。

確か職場のお盆休み期間だったか、ちょうど「自衛隊のイベントはないかな」と検索していた時に、たまたま防衛モニター募集の記事を見つけて「もうすぐ締め切り!急がないと!」と防衛省のWebサイトから応募。

その後何の音沙汰もなく「不採用になったかな」と思っていました。

2025年12月、見知らぬ電話番号から着信があり、仕事中だったのもあって出ずにいたのですが、留守番電話を確認すると自衛隊の広報の方から「防衛モニターの件で・・・」とのこと。

すっかり忘れていました。
それから何度か電話でやり取りをさせて頂き、採用が決定。

なお、電話による面談では住所や職業、志望動機、防衛モニターになった場合に各種行事に参加できるかどうかといったやり取りが行われますが、具体的な会話の内容は全国的に統一されていないようです。

地域によって、あるいは人によって電話面談の内容は異なる可能性がありますので、ここでは詳細を割愛します。

12月の中頃には、身分証に使用するための写真撮影の依頼と、謝礼の振込先を登録するための用紙が送られてきたので、近所のドラッグストアに置かれている証明写真機で写真を撮り、振込先を書いた用紙とともにすぐに返送。

それからしばらくは連絡がありませんでしたが、「沙汰無しは無事の沙汰」ということで「提出書類に不備がなかったのだろう」と何の不安も持たずに待っていたら、2月下旬に防衛モニター委嘱式の案内がSMSで届き、3月上旬には正式な招待状が郵送で届きました。

封筒には招待状の他、委嘱式と入隊式への出欠確認や同伴者の有無を確認するための返信用ハガキに加えて、駐屯地内に車を駐車するための許可証、駐屯地内の案内図などが入っていました。

必要事項を記入した返信用ハガキを投函すれば、必要な手続きは終わり。

モニター委嘱式

電話面談や採用が決まった後の連絡は、私の場合、兵庫県小野市に所在する陸上自衛隊 青野原(あおのがはら)駐屯地の広報担当の隊員さんとやり取りしていました。

委嘱式の開催場所も青野原駐屯地で、日程は2026年4月11日(土)。


▲青野原駐屯地の正門をくぐってすぐの場所にある広報館前にある改良ホーク(ミサイル)

9:30
駐屯地の正門に車で到着。警備の隊員さんに招待状を提示し、本部隊舎前へ誘導していただきました。

10:00頃
本部隊舎内の控室に令和8年度の駐屯地モニターさんや同伴の方々が揃ったので、会議室へ移動。


▲控室前に展示されていたマンホールカバー

会議室の机にはモニターの名前が書かれたプレートが置かれており、自分の名前が書かれた席に着席します。

広報担当の方から委嘱式の流れが説明され、モニターに委嘱状を手渡す駐屯地司令(駐屯地で一番偉い方)が来られるまでは待機時間。

その間に第8高射特科群副群長の2等陸佐、第8高射特科群本部最先任上級曹長、青野原駐屯地業務隊隊長というそうそうたる方々から名刺を頂きました。

緊張してきたのでお手洗いへ。

10:20
駐屯地司令(第8高射特科群長)の安田たかし1等陸佐が臨場されて、広報担当の方の司会で委嘱式が始まりました。

防衛モニター、駐屯地モニターの名前が一人ずつ呼ばれます。
呼ばれたモニターはその場で起立。その前に安田1等陸佐が立たれ、直接委嘱状を手渡されました。

全員に委嘱状が手渡されたら、安田1等陸佐の講話を聴き、全員で記念撮影をして委嘱式は終了。

10:30過ぎ
控室に戻り、引き続き参加する令和8年度 自衛官候補生の入隊式の開始時刻まで待機します。

10:50頃
入隊式が開催される体育館へ向けて、モニター全員で移動。

体育館の後方から前方に向かって左には新隊員の親族、中央には16名の新隊員、その右には彼らの教育に当たる隊員、舞台前上手側には家族会の方々などの来賓、そして下手側には加東市長や防衛協会会長などの席があり、その後ろに私たちモニターの席が用意されていました。

そうなんです。
駐屯地モニターと防衛モニターは、来賓として入隊式に参加するのです。

11:00
定刻に執行者(駐屯地司令)が臨場され、入隊式が始まりました。

全員で起立し、舞台上の日の丸の方を向いて君が代を斉唱するのですが、さすが自衛隊の行事だけあって皆さん大きな声で歌われていたのが印象的。
気が引き締まります。

新隊員の代表者による着任申告(「〇〇他15名、令和8年3月31日付をもって着任いたしました」といった旨を執行者に対して申告する)、そして服務の宣誓(自衛官としてこれから努力していく旨の宣誓)が行われました。

まだ着任して1週間ほどしか経っていないはずですが、起立中も着席中も、申告や宣誓の間も微動だにせず、一糸乱れずてきぱき動く新隊員を見ていると、彼らの決意というか覚悟が伝わって来て、(適切な表現かどうかは分かりませんが)本当に痺れました。

執行者の訓示に続いて来賓(加東市長と防衛協会会長)からの式辞があり、その後来賓の名前が読み上げられます。

名前を呼ばれた来賓はその場に立って「本日はおめでとうございます」「ご入隊おめでとうございます」などの一言を(マイク無しで大きな声で)言い、新隊員さんが「ありがとうございます」と返すことになっていました。

駐屯地/防衛モニターも来賓扱いですから、これを行います。

来賓紹介の後は祝電披露。最後に、新隊員が執行者に敬礼をして入隊式は終了。

その後は体育館の舞台前に椅子やひな壇が設置され、新隊員と来賓で記念撮影です。
私たちモニターも来賓ですから立ち位置が事前に決められていましたが、「私たちが写っていいの?」という感じ。

式典中はあんなにビシッとしていた新隊員さんたちも、写真撮影の時は学生のような雰囲気でワチャワチャしていたのが印象に残りました。

やっぱり普通の若者なんですよね。それなのに、日本を守るために厳しい世界に飛び込んでくれて、感謝の気持ちしかありません。

11:40頃
次のイベントは体験喫食です。
体育館を後にし、隊員食堂へ。

隊員食堂では一般的なセルフサービス式の食堂と同様、一人1枚ずつお盆とお皿を取って順路に従って進んでいきます。
(隊員食堂は狭く、たくさんの方がいらっしゃったので写真を撮っていません。)

本日のメインディッシュはオムライスで、オムライスは自分で好きなだけお皿に盛り付け、玉子は有人カウンターで係の方に規定の量だけ載せてもらうという仕組みになっていました。

オムライスの後は、小皿のメニューを一つずつお盆に載せていきます。


▲本日の献立(クリームスープ、魚のフライ、茹でたブロッコリー、オムライス、エクレア、ジョア)

体験喫食は有償ですが、こんなに盛りだくさんなのに一食当たり¥514。

新隊員とそのご家族は隊員食堂で食事を楽しまれたようですが、私たちモニターは幹部食堂へ案内されました。


▲体験喫食が行われた幹部食堂内の様子

体験喫食をされた駐屯地モニターの皆さんはご家族連れで楽しそうにお食事をされていましたが、私は一人で来ていたたため、広報の隊員さんが話し相手になってくださいました。

お話をした隊員さんによると、青野原駐屯地では1日の摂取カロリーが2,900kcalになるよう献立が調整されていて、よく体を使う普通科(普通科は、いわゆる「歩兵」。青野原はミサイルの運用が主となる高射特科。)だともっと多いとのこと。

アメリカ軍のRDECOM(Army Research, Development and Engineering Command=米陸軍研究・開発・エンジニアリング司令部)が発行したパンフレット「OPERATIONAL RATIONS OF THE DEPARTMENT OF DEFENSE(NATICK PAM 30-25,9TH EDITION AUG 2012)」によると、アメリカ軍の兵士が摂取するべきカロリーが次の通り掲載されています。

運動強度
・弱(駐屯地内での業務):男性 3,000kcal、女性 2,200kcal
・中(交通整理、見張り):男性 3,250kcal、女性 2,300kcal
・強(徒歩による偵察、戦闘):男性 3,950kcal、女性 2,700kcal
・特殊な状況(高地・極寒地):男性 4,600kcal、女性 3,150kcal

(参照:NATICK PAM 30-25,9TH EDITION AUG 2012)

これを見ると、アメリカ軍も自衛隊も同じくらいのカロリーが必要な活動をしていることが分かりますね。

12:15頃
体験喫食が終わったら、厚生センター(売店や居酒屋のある建物)でお買い物です。

広報担当の隊員さんによると、「厚生センターの名前は、青野原とオアシスをかけた名前になってるんですよ」とのことで、その名も「アオシス」


▲厚生センターの正面玄関(「アオシス」と書かれた看板が面白い)

入っている売店は、デイリーヤマザキ

駐屯地内の売店と普通のコンビニの違いとして、まず挙げられるのは迷彩柄のグッズの多さ。「戦人」ブランドの商品が店内の三分の一くらいを占めていました。レンザティックコンパスや双眼鏡まで売ってます

そして、インスタントラーメンの品ぞろえが素晴らしい。それも、量が多いもの(「大盛~」みたいな商品)。

新隊員やそのご家族、モニターしかいない日ですから、楽に買い物ができました。一般開放の日は、身動きが取れないほどの人出になりますからね。

山歩き好きの私の目に留まったのは、売店の棚に置かれたジェットボイルとガス缶(登山用の湯沸かし道具)。米軍でもジェットボイルを使う兵士がいますが、自衛隊でも人気があるのかな。

12:30
本日最後のイベントは、モニター説明会

広報館の一室で、プロジェクターを使って駐屯地モニター、防衛モニターの役割が簡単に説明され、大まかな年間スケジュールと青野原駐屯地の歴史や活動内容が紹介されました。

嬉しいのは、説明会の会場で配布された資料や記念品。青野原駐屯地や航空自衛隊のロゴが入ったボールペンや、圧縮タオルや携帯トイレなどが入った防災セット等です。

防衛モニター証明書もこの時点で貸与されましたが、駐屯地モニターさんは、この説明会の後に証明書用の写真撮影があったようです。


▲机の上に置かれていた資料等

私が受け取った防衛モニター証明書は中部方面総監の印が押された顔写真付きのもので、広報担当の隊員さんによると「中部方面の駐屯地ならどこでも出入りできる強力なやつです*1」とのこと。無くさないようにしっかり管理しないと。


▲防衛モニター証明書はこんな感じ(悪用する人もいるかも知れないので、模式図にしました。表示されている文字列は、実際のものとは異なります。実物には、偽造防止のための加工もあります。)

これにて本日の行事は全て終了。

青野原駐屯地について

青野原駐屯地は、03式中距離地対空誘導弾(中SAM)を装備し、中部方面の空を守る第8高射特科群が駐屯する場所。


▲03式中距離地対空誘導弾(中SAM)発射装置(装備品展示場に置かれているもの)

後部に積まれた四角い筒それぞれにミサイルが1発ずつ入っています。

オーストラリアでの実弾演習で標的機を撃墜する動画がYouTubeにありますので、転載します。


www.youtube.com
▲中SAMの実弾射撃シーン(2025年オーストラリアでの演習)

ちなみに、青野原の演習場の南、小野特別支援学校の北には鳳青野ソーラーパークがありますが、かつてはそこに陸軍の戦車第十九連隊(司馬遼太郎氏が入隊した)が置かれていました。古くから軍事目的で使用されていた土地なのです。

演習場の北側に陸上自衛隊の駐屯地ができたのは昭和51年(1976年)。演習場の開拓で緑が減少してしまったことから桜の木が2,000本寄付され、桜台という地名が付けられたそうです。

青野原駐屯地の第8高射特科群は、アメリカでミサイルの実弾射撃訓練を行っているそうで、その様子がYouTubeで公開されています。

上で紹介した発射シーンの舞台裏で、どれほど大変な準備と訓練をしているのかがよく分かります。


www.youtube.com


www.youtube.com

最後に

「防衛/駐屯地モニターになりたいけど、委嘱式とか来賓扱いとか、堅苦しいのは苦手。」という方もおられるかもしれません。でも、安心してください。

私も実際に委嘱式や入隊式に参加させていただくまではだいぶ緊張しましたが、式典は厳粛ではありながら、華美な演出がなく、型が決まっているためモニターのすべきことは一言の説明で済むくらいの内容ですから、何も緊張する必要はありませんでした。

案内していただいた自衛官の皆さんは気さくな方々で、それも緊張せずに済んだ理由だと思います。

社会人として普通に生活されている方なら何の問題も無いと思いますから、防衛/駐屯地モニターになりたいという方は、防衛省や各駐屯地のモニター募集のサイトを探してみてください。

例年、5月~6月頃から募集が始まり、8月末が締め切りになるようです。

運よく防衛モニターになれましたので、2026年4月から2028年3月までの期間は、このブログで自衛隊に関する記事が増えることになると思います。

東部方面(関東)や西部方面(九州)の防衛モニターさんの体験記はWebで見つかりましたが、私の地元(兵庫県南部)の防衛モニターさんの情報発信は見つからなかったので、具体的にどんな活動が待っているのかよく分かりません(汗)。

珍しい体験もできるかもしれないので、可能な限りこのブログで紹介していく予定です。

*1:防衛モニター証明書を持っていても、事前に許可を得ていなければ駐屯地への出入りはできません。防衛モニター委嘱期間の終了時には、自衛隊に返還する必要があります(証明書は貸与品)。