播磨の山々

兵庫県姫路市周辺の山歩きと山道具の紹介をしています。2019年5月、Yahoo!ブログから引っ越してきました。原則として更新は週に1回です。広告は表示しません!

兵庫県加西市大工町の愛宕山と宇仁山砦跡

概要

2025年5月3日に西脇市にある角尾山を登りましたが、その際の下調べで周辺の山並みを航空写真で見ていたら、尾根伝いに明確な遊歩道が付けられた山を見つけました。

Googleマップによると愛宕山(あたごやま)や宇仁山砦跡が稜線上にあり、航空写真を見るとどちらも開けていて展望を楽しめそうです。

宇仁山砦跡について触れているハイカーさんの記事は見つからないのですが、愛宕山はYAMAPやヤマレコで山頂として登録されているためか歩いている方の記録がいくつか見つかり、それによると南向きに大展望が広がっているようです。


▲愛宕神社からの眺め(右は加西市方面、左は加東市方面)

調べてみると、東西方向に延びる主稜線上には宇仁山砦跡の他に宇仁山城跡もあり、北の水尾城跡と連携して一つの城塞群として機能していたらしく、宇仁山砦や愛宕山付近から水尾城跡に行く道が延びているかどうかも知りたくなりました。

航空写真で明確に見えるほど広く作られている遊歩道は、南麓の普明寺から始まっているように見えます。

ということで、そこから主稜線に登り、宇仁山砦跡や愛宕山を歩きながら、水尾城への道も探すことに決めました。

本日の行程は、次の通りです。

  1. 大工町公民館に車を置かせていただく
  2. 遊歩道で宇仁山砦跡へ
  3. 宇仁山砦跡から愛宕山へ
  4. 愛宕山で昼食
  5. 愛宕山から公民館へ下山


▲対応する地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図「西脇」


▲カシミール3Dで作成したルートの断面図

姫路市街から登山口へ

09:10
姫路市街の自宅を車で出発。

国道372号線を北東へ進み、陸上自衛隊青野原演習場の西にある「繁昌(はんじょう)交差点を左折します。ここからは県道79号線です。

県道79号線を北上し、「繁昌」交差点からおよそ6kmの「和泉東(いずみひがし)交差点を右折。ここからは県道145号線です。

県道145号線に入ってから約450m、「株式会社 神田組」の看板が立つ三叉路を左へ入ります。

「株式会社 神田組」の看板から約600mで丁字路に突き当たったら、右折。

丁字路から450m、「←大工町公民館」と書かれた標柱が立つ三叉路を左折し、細い道を道なりに北へ150mほど進むと、15台ほど車を置けそうな広い駐車場のある大工町公民館に到着です。


▲大工町公民館へ続く道の入り口(「大工町公民館」と書かれた白い標柱が目印)


https://maps.app.goo.gl/PB527kpBQVmjG4zz9
▲大工町公民館の位置(兵庫県加西市大工町377)

実は、最初は普明寺の空きスペースに車を置こうかと思ったのですが、たまたま外で作業をされていた地元の方にお尋ねすると、公民館に止めても良いとのことだったので、きちんとした駐車場のある公民館に車を置かせていただくことにしました。

10:10
大工町公民館に到着。広い駐車場に車を置かせていただきました(地図中「公民館」)。


▲大工町公民館の駐車場に車を置いた

登山口から宇仁山砦跡へ

10:14
準備が整ったので出発。

公民館に向かって右側の階段を登り、普明寺へ。


▲公民館の右にある階段を登ると普明寺へ行ける

階段は途中から急な坂道に変わり、それを登ると普明寺の前に出てきました。


▲普明寺前の様子(左に写っているお堂の裏から出て来た)

普明寺の西側にはきれいなお手洗いがあったので、ありがたく使わせていただきました。(注:凍結防止のため、冬季は使用禁止になっています。)


▲普明寺のお手洗い

お手洗いを出て、目の前の鐘楼へ向かいます。
航空写真で目立っていた遊歩道は、鐘楼のすぐ左から始まっていました。


▲鐘楼の脇から登山道(遊歩道)が始まっている

10:20
鐘楼脇の登山口に到着(地図中「登山口」)。

登山道に入るとすぐ二股の分岐がありますが、ここには右を指して「展望台」と書かれた道標が立っているので、間違える心配はありません。

左の轍がある道は、車両で山に上がるための道で、遠回りだと思います。


▲登山道に入ってすぐ出会う分岐は右へ進む

いきなり「ドドドドッ」と、ものすごい足音が右側の茂みから聞こえてきました。

無言で走り去っていくのは、私の今までの経験では鹿です(私が過去に出会ったイノシシはみんなブヒーと声を上げていました)。

動物との鉢合わせを防ぐため、音を止めていたクマよけ鈴のロックを解除。

50mほど登ったところには祠があり、分岐になっていました。地形図では分岐にならず道は右へ折れ曲がっています。地形図を信じてここは右へ。


▲祠の横にある分岐も右へ進んだ

ここからは、石仏が並んだ階段道。


▲石仏が並ぶ坂道を登る

10:26
麓から見えていた不思議な建物に到着(地図中「遥拝所」)。
Googleマップで高野山遥拝所となっている場所(展望堂)です。


▲下から見上げた高野山遥拝所(展望堂)


▲高野山遥拝所(展望堂)

景色が素晴らしいので、ここでちょっと休憩。


https://shimiken1206.sakura.ne.jp/panorama/atagoyama20260321-1/index.html
▲遥拝所(展望堂)内で撮影した全天球パノラマ

10:35
遥拝所を出発。
地形図通りに付けられた道を北へ進みます。


▲地形図の通りに道が分岐している(右へ進む)

遥拝所から北東へ進むと鞍部を通過しますが、その鞍部辺りから防獣ネットが道の左に出てきました。


▲防獣ネットが片側に張られた林道のような遊歩道を登る

10:39
車両が通れる大型の防獣ゲートに遭遇(地図中「ゲート」)。
閂(かんぬき)が2本、掛け金が2つ、さらに2本のロープでくくられている難関です。


▲開閉が大変なゲート

閂と掛け金は手前にあるため開閉は簡単ですが、ゲートを通過した後に元通り閉じるのが至難の業。

閂を元通りにしようとゲートの内側から指だけ出してゴソゴソやっていたら、ゴトンと落としてしまい、一からやり直し。

掛け金もなかなか引っかからないし、5分以上悪戦苦闘しました。

何とかゲートを閉じて進んだ先では、道が二股に分かれています。
左は擬木の階段、右は車両が通れる林道です。


▲分岐の様子

少し悩みましたが、階段の道の方が明るそうだったので、階段の方を登りました。

10:48
先ほどの分岐で分かれた2本の道が合流する地点に来ました(地図中「仮設トイレ」)。

何故か仮設トイレがあります。


▲仮設トイレ

10:52
仮設トイレから道を北へ進むと、地形図の通り二股の分岐に出会いました(地図中「稜線・巻道分岐」)。

道が地形図の通りになっているなら、宇仁山砦跡に行くにはこの分岐を左に進まなければいけません。

上り坂は嫌ですが、砦跡に行くためですから仕方ありません。


▲地形図に記載されているこの分岐は左へ進んだ

10:56
東西方向の主稜線に出たら、そこは丁字路になっていました(地図中「砦跡分岐」)。
宇仁山砦跡へ行くために、ここは左へ。


▲宇仁山砦跡方面と愛宕山方面の分岐(道標は左を指して「砦跡」、右を指して「愛宕社」となっている)

いったん西の鞍部へ下り、登り返したところが宇仁山砦跡ですが、遊歩道は宇仁山砦跡の南を巻くように付けられています。

砦跡へ行くため、道を離れて斜面を登りました。


▲宇仁山砦跡へは矢印の方向へ進む

11:00
宇仁山砦跡に到着(地図中「宇仁山砦跡」)。
開けた場所ではありますが、木々に囲まれていて残念ながら展望はありません


▲宇仁山砦跡

宇仁山砦跡について、兵庫県遺跡地図では「砦跡、東西22m、南北26m、山頂掘削による平坦地」とだけ記されています。

一方、愛宕山の北方にある水尾城跡の発掘調査報告書では、もう少し詳しく分析されています。

 宇仁山砦は水尾城の南西、直線距離650mの標高253.9mのピークにあり、水尾城主郭より約4m高い位置にある。宇仁山砦は主稜線上の小ピークを削平した約750㎡の単郭のみで、他の施設は認められないが郭の斜面には土留めのための石積みが見られる。また、郭の築造自体もしっかりしているため、戦国期の築造にかかるものと考えられる。
(出典:西脇市教育委員会, 西脇市郷土資料館 編『播磨・水尾城跡の調査と研究』,西脇市教育委員会,1992.3, p.176)

宇仁山砦跡から愛宕山へ

展望もないし、周囲がシダ薮で水尾城の発掘調査報告書に書かれている石積みもよく分からないので、愛宕山へ向かうことにしました。

10:56に通過した「砦跡分岐」へ戻り、東へ進みます。

11:06
削平されてベンチが置かれた小ピークでちょっと休憩(地図中「小ピーク」)。


▲小ピークの様子

樹間から北の水尾城跡が間近に見えましたが、水尾城跡方面への道はなさそうでした。

小ピークからは、つづら折れの擬木階段道で標高差30mほどを一気に下ります。


▲擬木階段で一気に下る

擬木階段を下った後は、広い遊歩道を南東へひたすら登っていきます。
大した斜度ではないのに、なぜか歩きにくくて疲れます。


▲愛宕社への古い参道(?)が残っていた(すぐ先で合流するのでどちらを歩いても良い)

愛宕山(昼食)

11:17
愛宕山の山頂直下にある愛宕社前に出ました(地図中「愛宕山」)。


▲愛宕社前は細長い削平地

展望図のある削平地から坂を登ったところが山頂になっています。


▲南から見た愛宕山山頂の様子(ドローンで撮影。山頂の一段下に展望の良い削平地がある。)

下のパノラマ画面内左上のリストから、愛宕社前と愛宕山山頂の全天球パノラマを切り替えられます。


https://shimiken1206.sakura.ne.jp/panorama/atagoyama20260321-2/index.html
▲愛宕山頂で撮影した全天球パノラマ

霞んではいますが、南向きに大展望が広がっていて気持ちいい。

この展望を楽しみながらいただく本日の昼食は、賞味期限切れを目前に控えたカルディのナポリタンスパゲッティ

電子レンジまたは湯煎で短時間で調理できる商品です。


▲カルディのナポリタンスパゲッティ(ミニタバスコは別途購入した物)


▲湯煎して温めたスパゲッティ

私以外に誰も来ない山頂で、ゆっくりと幸せなひと時を過ごしました。

下山

12:35
展望と食事、ドローン操縦を満喫したので、愛宕社に手を合わせてから下山開始。


▲愛宕社

当初はもと来た道を引き返そうと思っていたのですが、10:39に通過した厄介なゲートをまた開閉しないといけないと思うと嫌になり、別のルートで下ることにしました。

12:38
「小ピーク」へ登り返す擬木階段の道の下から、左へ仮設階段の手すりのようなものが延びています(地図中「林道分岐」)。

「小池・東池へ」と道標に書かれているので、短距離で下りられるかもしれないと思い、その階段を下ることにしました。


▲仮設階段のような道を下った(正面の階段は、往路で小ピークから下りてきたもの。)

崩れかかっている上にイバラまである階段を下り、階段が終わった後に斜面を適当に下ると、林道のヘアピンカーブに出ました。


▲ヘアピンカーブの頂点に出た

地形図に描かれていないこの林道を下り始めたら、すぐに二股の分岐に出会いました。直進と右後ろへの分岐ですが、方角を考えて右後ろへ。

やがて林道は谷沿いに南へまっすぐ下るようになりました。


▲谷沿いに付けられた林道を下った

冷静に考えると、この林道も麓の入り口には開閉しづらい大きなゲートがあるはず。

どうしようかなと考えながら下りていくと、予想通り車両用の大型のゲートがありましたが、その手前左側に掛け金だけで開閉できる小さなゲートを発見。


▲閂がある車両用の大型ゲート(右奥)の手前にある手軽なゲートを通った

掛け金だけで開閉できるゲートを通過し、防獣ネット沿いに歩いて林道に復帰しました。

後は、農道を西へ進んでいけば公民館にたどり着きます。


▲公民館へ向かって農道を歩いた

本来は車道を歩いて普明寺まで行き、そこから階段を下るべきなのでしょうが、面倒だったのであぜ道のようなところを歩きました。

ただ、側溝や排水桝のようなものが枯草に隠されていたりして、非常に危ないためお勧めできません。


▲公民館の手前であぜ道のようなところを進んでショートカットした(溝や排水桝が見えないところがあって危険)

13:00
公民館に到着。

交通アクセス

  • 登山口の最寄りの鉄道駅はJRの滝野駅ですが、6km離れているため徒歩移動は困難です。一般的な路線バスは通っておらず、本数が極めて少ないコミュニティバスが走っているだけです。これらの理由により、自家用車または鉄道駅からのタクシー利用が必要になります。
  • 加東市にはレンタサイクルのサービスがありますが、「駅への駐輪や登山など、長時間自転車を離れる行為」が禁止事項となっているため、レンタサイクルは使用できません。

参考情報

  • 登山口近くの普明寺にお手洗いがあります(冬季は使用不可)。また、稜線上や愛宕社近くに簡易トイレがあります。
  • コンビニは、最寄りのお店でも登山口から西へおよそ3.5km離れています(ローソン加西満久町店)。飲食物は事前に用意しておく、あるいは登山口までの道中、なるべく早めの段階でコンビニ等を利用することをお勧めします。

山城愛好家向けの参考情報

今回歩いた尾根の北にある水尾城跡は、1988年10月25日から1989年4月30日まで行われた発掘調査のために一帯が伐採され、調査が終わって時間が経ってはいますが、航空写真で見る限り今も展望が良さそうなままです。

展望の良い山が大好物の私としては、すでに書いた通り、水尾城跡へ行けるかどうかを確認することも今回の山歩きの目的でした。

宇仁山砦跡~愛宕山の尾根から水尾城跡へ行く道があると考えた理由は、姫路市立城郭研究室で読んだ水尾城の発掘調査報告書にあります。

 主郭のある山頂からは北・西・東への眺望がよく、八千代町方面、重要な峠である二ヶ坂方面、東方からの芳田地区への入口が手に取るように見える。しかし、南方への眺望は主稜線にさえぎられてい全くきかない。ところが、主稜線上には宇仁山城・宇仁山砦が存在し、水尾城と一体となって、機能していたものと考えられる。
(出典:西脇市教育委員会, 西脇市郷土資料館 編『播磨・水尾城跡の調査と研究』,西脇市教育委員会,1992.3, p.47)

宇仁山砦や宇仁山城が水尾城の付属施設なら、それらを繋ぐ通路があったはず。

報告書には、次のような記載もあります。

城山南方に東西に連なる「宇仁山」は現在の加西市側の宇仁郷の山という意味であろう。一方、城山東南の谷は「太鼓谷」と称する。この谷の奥の山頂には水尾城の砦状遺構と考えられる宇仁山砦があり、あるいは両者の連絡を太鼓で行っていたことを示唆する小字名かもしれない。
(出典:西脇市教育委員会, 西脇市郷土資料館 編『播磨・水尾城跡の調査と研究』,西脇市教育委員会,1992.3, p.39 原文ママ 「城山東南」は「城山西南」の誤りか。宇仁山砦ではなく宇仁山城のことであれば、水尾城の東南にあたる。)

愛宕山の東にある260.0m三角点ピーク周辺が宇仁山城跡とされており、兵庫県遺跡地図では「城域、90m×210m、郭群、堀切」、調査歴は無しと記載されています。

水尾城、宇仁山砦、宇仁山城の位置関係は、下の全天球パノラマでご覧いただけます。


https://shimiken1206.sakura.ne.jp/panorama/atagoyama20260321-3/index.html
▲愛宕山頂で撮影した水尾城、宇仁山砦跡、宇仁山城跡の位置関係が分かる空撮全天球パノラマ

11:06に通過した小ピークが水尾城跡への最寄りのピークで、そこから北へ道が延びているかなと思いましたが、現地の様子を見る限り、道はなさそうでした。