注:この記事に掲載している画像は、別途記載がない限り2025年8月3日に撮影したものです。
概要
本日は終戦の日ですから、このブログでは恒例となっている第二次世界大戦にまつわる記事を掲載します。
今回紹介するのは、兵庫県加西市にある「soraかさい」。
かつて姫路海軍航空隊鶉野(うずらの)飛行場の滑走路北端だった場所に建つ施設で、紫電改(しでんかい)と九七式(きゅうななしき)艦上攻撃機の実物大模型が展示されており、滑走路跡地を見ることもできます。
通常は「soraかさい」館内で展示されている紫電改(レプリカ)ですが、月に1回だけ屋外展示され、屋内展示では感じられない独特の雰囲気を味わえます。

▲「soraかさい」前で屋外展示されている紫電改(レプリカ)重要:この画像は、2025年8月3日(日)の屋外展示の際に撮影したものです。通常は背後の格納庫を模した建物内で展示されています。
また、800m北西には当時の無蓋掩体壕(むがいえんたいごう)がそのまま残っています。
そこには航空自衛隊で使用され、日本海軍機を思わせる塗装を施されたSNJ-5練習機が展示されており、脇には照空燈もあって、鶉野飛行場が存在していた当時に思いを馳せられる場所になっています。

▲掩体壕跡に展示されているSNJ-5練習機と照空燈
所在地
北条鉄道の法華口駅の北には鶉野飛行場の滑走路跡地が残っており、その北端に「soraかさい」はあります。
https://maps.app.goo.gl/FDApeHob7wHXhVBx9
▲soraかさいの所在地
施設の名称: soraかさい
所在地: 〒675-2103 兵庫県加西市鶉野町2274-11
営業時間: 09:00~18:00
入館料: 一般¥200(中学生以下無料)、団体¥150
休館日: 第2・第4月曜(祝日の場合は翌平日)、年末年始(12/29~1/3)
駐車場: soraかさいの北側に無料駐車場があります。
備考: カフェやお土産の販売店があり、館内はカフェ内に限って飲食が可能です。
注意事項:
- 展示室内に入らず、その手前にあるカフェや物販コーナーを利用するだけであれば入館料は不要です。
- 施設内は全面禁煙です。
- 紫電改や九七式艦上攻撃機が展示されている区域内は写真撮影可能ですが、それ以外の場所は撮影禁止です。また、撮影可能な区域であっても、三脚や自撮り棒の使用は禁止されています。
- ペットの同伴は不可です(介助犬は除く)。
- 「soraかさい」は車いすでも見学可能です。SNJ-5練習機が展示されている場所は不整地のため、車いすで近づくのは困難です。
館内の展示
soraかさいの展示区域は、航空機の実物大模型がある「技術ゾーン」と、実物の航空機部品や搭乗員の遺書などが展示された「歴史ゾーン」に分かれています。
技術ゾーンは写真撮影が可能なため、紫電改や九七式艦上攻撃機の迫力ある実物大模型を間近で撮影できます(手を触れることはできません)。
参考のため、2022年に撮影した技術ゾーン内の全天球パノラマを掲載します。
紫電改が屋内展示されている通常時の様子です。(屋外展示は月に一回だけ)
https://shimiken1206.sakura.ne.jp/panorama/sorakasai20220418/index.html
▲技術ゾーンの展示(撮影日:2022年4月18日)

▲紫電改が屋外展示されている時の展示場所(屋内)の様子(通常は手前のコンクリートの床面に置かれているが、この日は屋外展示のためガラス扉の外に紫電改が見えている)

▲通常時に紫電改が置かれている場所の様子(屋外展示の時は空っぽになる)

▲通常時はこのように紫電改が展示される(2022年4月撮影)
技術ゾーンの紫電改の展示場所後方には、九一式航空魚雷(実物)が展示されています。(2022年には展示されていなかったため、上のパノラマには写っていません)

▲展示されている九一式航空魚雷(大きな魚雷であることが分かる)
九一式航空魚雷(きゅういちしきこうくうぎょらい)
九一式航空魚雷は、大日本帝国海軍において実用化された、ほぼ唯一の航空魚雷です。吊り下げ展示している九七式艦上攻撃機が敵艦船への攻撃に使用する種類の魚雷も、これになります。
九一式航空魚雷は、鶉野飛行場にも配備されていました。終戦後に作成された複数の姫路海軍航空基地の備品目録の中に、九一式航空魚雷1本と訓練用の擬魚雷10本が記載されています。
この展示している魚雷は、京都府南丹市「京都るり渓温泉」で展示されていたものであり、2024年(令和6年)に譲渡を受けた方が、関係者等と修復などを施した後、同年、市に寄贈されました。展示品寄贈者:黒田秀一氏
協力者:前田広之氏・前田浩邦氏、平田信夫氏九一式航空魚雷改三要目
炸薬量 235kg
雷速 42kt
射程 2,000m
雷径 45cm
全長 5.27m
全重 848kg
※42ノット(kt)=時速約77.7km(要目出典)九一会編『航空魚雷ノート』1985。
(出典:現地のパネル)
注:兵器や自衛隊の装備品の名称で〇〇式とある場合は、その二つの数字をバラバラに読むという決まりがあります。今回のように「九一式」の場合は「きゅうじゅういちしき」ではなく「きゅういちしき」が正しい読み方です。口径を表す数字は、通常の読み方をします。
この航空魚雷は、技術ゾーンの天井に吊られている九七式艦上攻撃機から投下できるもので、日本軍で唯一の航空魚雷です。
ちなみに、展示されている九七式艦上攻撃機の垂直尾翼には「ヒメ-305」とありますが、これは鶉野飛行場で訓練を積んだ特攻隊「白鷺隊」の佐藤清大尉の搭乗機を再現したもの。
佐藤大尉の搭乗機を含む13機は昭和20年4月6日、特攻任務のため沖縄を目指して鹿児島の串良基地を出撃し、全員が戦死されました。
下の写真で風防が前後に長いのがお分かりいただけると思いますが、これは操縦員、偵察員、電信員の計3人乗りだから。1機で3人も命を落とすことになります。
鶉野飛行場で訓練を積んだ白鷺隊の艦上攻撃機は、合計21機が5回にわけて特攻任務に出撃し(1機は離陸後不時着)、20機の搭乗員60名が沖縄の空に散ったそうです。

▲技術ゾーンの天井から吊り下げ展示されている九七式艦上攻撃機(九一式航空魚雷を搭載できた。この展示は特攻用に800kg爆弾(当時の呼び方では「80番」)を吊り下げた姿になっている。)

▲矢印の位置に搭乗員の頭部が見える(2025年8月19日撮影)

▲九一式航空魚雷のプロペラ(プロペラの回転により魚雷が反対側に回らないよう、二重反転式になっている)

▲2重反転の仕組み(2025年8月19日撮影)

▲九一式航空魚雷の尾部(ロール用ジャイロ、潤滑用オイルタンク(容量3.2リットル)がある)

▲ジャイロは空気を吹き付けて回す仕組みかな?(2025年8月19日撮影)

▲九一式航空魚雷のエンジン(8気筒星形ピストンエンジン。エンジン周囲は着水後に海水が入るようになっており、その海水が冷却液の役割を果たす。)

▲九一式航空魚雷のエンジン前にあるのは燃料(容量4リットル)や水(容量14リットル×2個)、圧縮空気のタンク(加熱室で燃料と圧縮空気に水を混ぜて燃焼させ、加水燃焼ガスを作ってピストンエンジンに送り込む仕組み。圧縮空気は、水や燃料を加熱室へ送り出すためにも使われる。)

▲加熱室(燃焼室)はエンジン前方に設置されている(2025年8月19日撮影)
6-3.魚雷推進のエネルギー源
魚雷推進のエネルギー源に、加水燃焼ガスを用いる方法がある。このガスは、魚雷気室空気を主機関に供給する直前に、その空気の中で液体燃料を燃焼させ、発生する高温ガス中に冷清水を噴射して水蒸気を発生させると同時に、ガスを一定の温度に引き下げ、更にその時の余熱で水蒸気を過熱状態にする。加水燃焼ガスをエネルギー源とする事で、魚雷の性能は飛躍的に増大された。
(出典:九一会 編『航空魚雷ノート』,九一会,1985.7)

▲九一式航空魚雷弾頭上部には安全装置がある(この下に、慣性(命中時の衝撃)で作動する起爆装置が入っている)
九一式航空魚雷改二の発射から命中まで
A.空中
1.発射(投下スイッチon)
2.抱締装置爆管点火・抱締解除(抱締ワイヤー等は自動落下)
3.魚雷落下
機体側に締結されている魚雷発動桿が抜け、縦舵機、安定機のジャイロが発動する。魚雷発動桿は機体に残る。
縦舵:-発射方向への魚雷の直進を維持する。
安定機:-転動防止 当て舵左右10°の動作が始まる。
横舵:-この時は未だ、横舵は上げ舵で固定してある。
B.水中
4.海面射入時 框板・空中舵は海面突入の衝撃で離脱。
5.推進機(2重反転スクリュー)制止解除
6.機関 冷走(空気圧のみで駛走)
7.横舵制止解除・深度計発動
8.機関 熱走(空気・石油・清水)射入雷速による水圧で発動板が倒れ燃焼機が発動する。
9.頭部・安全装置解除
10.命中爆発
(出典:九一会 編『航空魚雷ノート』,九一会,1985.7)
九一式航空魚雷に興味のある方は、九一会 編『航空魚雷ノート』,九一会,1985.7をご覧ください。航空魚雷に関する詳細が書かれており、上の画像の注釈に書き込んだ細かい情報も、この本に掲載されています。

▲91式航空魚雷系統図(出典:九一会 編『航空魚雷ノート』,九一会,1985.7)
続いて、この技術ゾーンの主たる展示物である紫電改の実物大模型を紹介します。
私が見学に行った日は、たまたま紫電改が屋外展示される日でした。

▲当時の格納庫をイメージした「soraかさい」前に展示されている紫電改(レプリカ)
屋外展示の時は、当時のパイロットの装備を着用した男性がおられて、記念撮影をしていただいたり、コクピットに乗り込む様子を見せていただくことが可能。
梯子が無いと乗り込めない現代の戦闘機と違い、機体に備わった棒(手掛)や、バネ仕掛けのフラップで通常は閉じている穴(足掛)を利用することで、コクピットに乗り込めるようになっています。

▲コクピットに乗り込む際は、機体に備わっているフラップ式の穴(足掛)に足をかけ、機体からバネで飛び出す手掛を握ったり、起倒式の足掛に足をかけてよじ登る

▲機体左側面のマーキング(コクピット前方両側に吊金具を掛けるフックがあり、整備などの際はその2カ所にワイヤーを掛けて吊り上げる。「試製紫電改取扱説明書」(昭和19年12月)によると、2カ所に加えてプロペラにもワイヤーを巻き、三点支持で持ち上げることもあったようです。)
紫電改の実物大模型はリアルに作られており、車輪周りも精巧です。

▲大きな車輪止めは、当時の形状を再現したもの(車輪固定覆の青・黄・赤の帯は、緩衝器の油量や空気圧を見るための目印。赤まで下がっていたら油量または空気圧不足。)

▲機体右側面も左と同様に手掛と足掛などがあり、どちら側からでも乗り降りできる。右側にだけあるのは「救命具」と書かれた蓋。
尾部に回ってみます。
右側面には銘板の役割を果たすマーキングがステンシルされており、製造番号と所属は空欄になっています。

▲機体尾部右側面(「試製紫電改取扱説明書」(昭和19年12月)によると、ステンシルの前方にある穴は「擔棒(かつぎぼう)貫通孔」。整備をおこなうときは、擔棒貫通孔に擔棒を通して規定の重量の重しを吊り下げることになっています。また、地上走行時に尾部が持ち上がらないよう、「揚力減殺翼」を取り付ける際にもこの穴が使われたようです。)
航空魚雷や航空機の実物大模型を見た後は、歴史ゾーン(撮影禁止)で鶉野飛行場の歴史やそこから飛び立って行った搭乗員たちの物語をご覧ください。
歳をとると涙腺が緩み、見るのが辛くなってきます。
無蓋掩体壕とSNJ練習機展示
「soraかさい」の展示を見終えたら、続いて戦闘機を爆風などから守るために当時作られた掩体壕(えんたいごう)を見に行きましょう。
今も残る滑走路跡を見ながら、南へ進みます。

▲滑走路跡(1kmほど残っている)(2022年4月撮影)
鶉野飛行場滑走路跡
第二次世界大戦当時のコンクリート滑走路跡が残る全国でも貴重な戦争遺跡です。昭和19年に長さ800m、幅45mが完成、翌年には長さ1,200m、幅60mに拡張されました。現在も長さ1,200m、幅45mが残っています。滑走路の建設には長(おさ)の石山から採れる長石と、加東郡から運ばれた加古川の川原石が使用されています。
このコンクリート滑走路では、主に隣接していた川西航空機姫路製作所鶉野工場で組み立てられた「紫電」「紫電改」の試験飛行が行われていました。
(出典:現地のパネル)
「soraかさい」の南にある交差点を右折し、歩道のない片側1車線の道を北西に歩くと、交差点から450mほどでそれは見えてきます。
見学者が少ない時期であれば掩体壕近くの路肩に駐車できますが、見学者が多い時は路肩に車やバイクが止まっていることがあります。

▲路肩に駐車できなくもない
https://maps.app.goo.gl/y3YaKgv9f3yZ7F8p6
▲掩体壕とSNJの展示の位置

▲日本海軍機のように塗装されたSNJ(T-6テキサン)練習機
海上自衛隊
『SNJ-5』練習機米海軍名『SNJ』の呼称を海上自衛隊が引き継ぎ、航空自衛隊では別名T-6『テキサン』とも呼ばれ米国のノースアメリカン社で開発された傑作機の一つで、世界で最も成功した練習機です。 昭和10年に誕生してから約55年間飛び続け、総生産数17,096機、世界の40ヶ国で使用されました。
戦後、自衛隊発足後、昭和30年1月、MSA協定により供与され、航空自衛隊に167機、海上自衛隊に48機の計215機を保有した。この機体は、鹿児島県鹿屋市の海上自衛隊『鹿屋航空基地資料館』に展示されていましたが、第1航空群司令のご好意により加西市防衛協会に貸与されたものです。
『SNJ』の要目速度 巡航 約287km/h 発動機 R-1340 600馬力×1基 全備重量 約2,400kg 乗員 2名 製造会社 ノースアメリカン社 機体 幅12.81m×長8.84m×高3.80m
(出典:現地の看板)

▲掩体壕に登って右後方から見たSNJ
掩体壕は、簡単に言うとC字型の土塁です。
Cの字の開口部から機体を入れ、開口部以外の方向からの爆風や破片、銃弾などから内側の航空機を守るというもの。
当時の地図(復元図)を見ると、鶉野飛行場の掩体壕の開口部は、全て誘導路の方を向いていたようです。
SNJの東側には、照空燈が置かれています。今でいうサーチライトのことで、夜間の対空射撃時に上空を飛ぶ敵機を照らすのに使われました。
当時の照空燈は、陸軍のは直径が150cmほどあるのが普通だったので、ここに展示されている小型の照空燈は海軍のものか、もっと新しいものかな。
銘板の文字が判読できないので、詳細は不明です。

▲照空燈
照空燈
敵の飛行機をこの照空燈で照して高射砲で撃墜した。
照射距離 6000m
(出典:現地のパネル)

▲照空燈の左側面には電源ケーブルがある

▲照空燈の背面(右側に仰角の調整機構が付いていることが分かる)

▲照空燈の背面下部にある操作盤(細かい文字は読めない)

▲照空燈の背面左側には電圧計(左)と電流計(右)がある

▲照空燈の台座には方位角の目盛りがある
『高射砲兵将校陣中必携』によると、照空燈は聴音機の近くに配置し、聴音機の邪魔にならないよう敵機の襲来方向の正反対、200m離れた場所に発電車を置きました。
照空燈のすぐ隣で操作すると強烈な光で幻惑されるため、数十メートル離れた位置に離隔操縦機を置き、それを使って照空燈を遠隔操作したようです。
また、聴音機からの情報を受けて迅速、正確に敵機を照らせるように、照空燈の台座の0度の目盛りはなるべく真北に向けるよう書かれています。
要するに、聴音機でエンジン音を聞いて敵機のおおよその位置を求め、照空燈を遠隔操作でその方向に向けて照らしたということです。

▲聴音機(出典:内務省計画局 編『少年防空読本』,大日本防空協会,昭和16. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1456641 (参照 2025-08-05))(左は九〇式小空中聴音機、右は九〇式大空中聴音機かな?)
四、聴測精度ト照射開始時機トノ関係
一言ニシテ謂ヘバ照射開始時機ハ成ルベク聴測精度最モ良好ナル時期ニ之ヲ選定スルヲ適当トス。
今目標ガ前方ヨリ照空陣地帯ニ対シ略〃直角方向ニ進入スル場合ニ就テ聴測精度ヲ考究スルニ、目標ニ対スル高低角概ネ二十度以下ナルトキハ目標ハ未ダ遠距離ニアリテ聴測精度特ニ高低ノ精度ニ於テ不良ナリ、又目標既ニ近接シ高低角概ネ六十度ヲ超ユルトキハ爆音ノ聴取ハ確実トナルモ角速度大トナリ、聴測精度又不良トナル故ニ、最モ適当ナル時機ハ目標逐次近接シ其ノ高低角三十度乃至五十度ナル場合ナリ。(出典:陸軍防空学校 編『高射砲兵将校陣中必携』,軍人会館出版部,昭和13. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1457953 (参照 2025-08-03))
ちなみに、このSNJが展示されている場所から南東60mの位置に対空機関銃座が残されていますが、特に整備されておらず、道も無いためお勧めはできません。

▲SNJが展示されている掩体壕近くの対空機銃座跡。周囲の窪みは砲側弾薬庫(弾薬置き場)。格子で塞がれているのは、地下の弾薬庫から弾薬を運び上げるための揚弾筒。今は草に覆われています。(2012年8月撮影)
対空機銃座跡
※対空機銃座の写真は、2025年8月14日に撮影したものです。
滑走路南端からさらに南西に行ったところには、対空機銃座跡が残っています。

▲きれいに整備された対空機銃座跡
https://maps.app.goo.gl/R2hJhgYuraezMBFv7
▲対空機銃座跡の位置
この対空機銃座は、「姫路航空基地概要図」で西に描かれている2連装の機銃陣地のことです。

▲当ブログ管理人が下記「出典」内の図に機銃座の位置と機銃の種類を赤丸と赤文字で記載したもの(出典:「姫路航空隊」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C08011215300、「阪復」航空基地関係3/3 第2復員局 (①-引渡目録-220)(防衛省防衛研究所))
対空機銃座の地下には弾薬庫があり、その入口前には土塁が残っています。これは、万一近くに敵の爆弾などが落ちて炸裂した時、爆風が地下弾薬庫へ入らないようにするため。

▲対空機銃座跡の配置
対空機銃座に黒い枠がありますが、これは中に展示されている対空機銃の模型を保護するためのもの。

▲保護用のガラス枠越しに見た96式25mm機銃
対空機銃模型
この機銃模型は、終戦60周年を記念して制作された映画『男たちの大和』(2005(平成17)年12月公開)の撮影に使用されていた三連装機銃の模型です。
加西市では、東映株式会社京都撮影所に保管されていた機銃模型を2015(平成27)年よりお借りし、平和学習や観光資源として活用しています。
当時の設置姿をイメージしていただくため、2022(令和4)年6月から、こちらの機銃座跡に設置・展示しています。
展示の機銃模型は三連装ですが、当時は二連装の機銃が据え付けられ、鶉野飛行場の防空を担っていました。96式25mm機銃の諸元
【口径】24.97mm
【弾丸重量】250g
【初速】900m/s
【最大射程】6000m
【発射速度】220発/分
※出典 戦史叢書第102巻 海軍主要兵器諸元加西市
(出典:現地の看板)
対空機銃座跡は残存状態が良く、素早く給弾できるよう、機銃の近くに弾薬を収納しておくための砲側弾薬庫や、地下弾薬庫から弾薬を機銃座内へ持ち上げるための揚弾筒(揚弾井)も残っており、当時の機銃座の構造が分かります。

▲対空機銃座の構造

▲機銃座の内側から見た砲側弾薬庫
門柱・衛兵詰所跡
※門柱・衛兵詰所等の写真は、2025年8月14日に撮影したものです。
対空機銃座跡から南へ350mの場所には、かつて姫路海軍航空隊の正門がありました。
その場所には2018(平成30)年に門柱と衛兵詰所、そして面会所が再現され、当時の雰囲気が感じられるようになっています。

▲再現された門柱と衛兵詰所(左奥は面会所をイメージしたお手洗い)(2025年8月14日撮影)

▲掘り出された門柱基礎
門柱基礎
姫路海軍航空隊への入口として、衛兵詰所や門柱、来訪者との面会所がこの付近にありました。
姫路海軍航空隊は1943(昭和18)年10月に開隊し、1945(昭和20)年5月に閉隊しました。その後、姫路航空基地として存在し、終戦後の同年10月にアメリカ軍が進駐しました。
この門柱基礎は平成28年の散策用歩道整備工事の際に見つかったものです。(出典:現地のパネル)
衛兵詰所の前には、衛兵や面会者を爆撃から守るためのコンクリート製の防空壕が残っています。

▲防空壕内部は、爆風から守るため複雑に折れ曲がっている(立ち入り禁止)
爆弾庫
※爆弾庫等の写真は、2025年8月14日に撮影したものです。
門柱・衛兵詰所から200mほど南には、爆弾庫が残っています。

▲鶉野飛行場跡まで1.2km地点の坂道(中央奥)を進んだ先に爆弾庫がある

▲爆弾庫
爆弾庫
砲弾、爆弾、機銃弾などが格納されていたといわれています。
コンクリートの厚さは1mもあり、他のコンクリート製防空壕の2倍以上の厚みがあります。前面には、爆風から格納品を守るための土堤が設けられています。天井部はアーチ状で、奥壁には換気口が設けられています。
(出典:現地のパネル)

▲爆弾庫内部の様子(立ち入り禁止。格子越しに撮影。)
法華口駅
※法華口駅の写真は、2025年8月14日に撮影したものです。
北条電鉄の法華口駅は姫路海軍航空隊の最寄り駅で、兵士たちはこの駅から徒歩で鶉野飛行場に向かいました。

▲当時の面影が残る法華口駅

▲歴史を感じるホーム
当時は、駅の北から歩いて鶉野飛行場へ移動したそうですが、今も駅の北側に出れば、当時と同じような道をたどることができます(構内踏切を渡ると駅の北側に出られます)。
故郷を離れ、特攻任務に就くためここを歩いた当時の日本兵の気持ちは、戦争を経験していない私には想像もつきません。

▲法華口駅の北から鶉野飛行場跡への散策道が始まる
参考情報
- 鶉野飛行場跡の周辺には、多くの戦争遺跡が残っています。遠方から来られる方は、事前に十分な下調べをしてからお越しいただき、後悔のないよう見学をしてください。
- 周辺には、加西市のパンフレットなどに掲載されていない戦争遺跡もあります。これは当ブログ管理人の推測に過ぎませんが、所在場所が私有地で立ち入り禁止だったり、危険な場所である可能性があります。現地では、土地の所有者によると思われる立ち入り禁止の掲示が各所で見られますから、戦争遺跡を探すために不法侵入する輩が多いのかも知れません。入って良いか分からない場所には立ち入らないようにしてください。
- お手洗いは、「soraかさい」と「門柱・衛兵詰所跡」、「法華口駅」にあります。
- 飲料の自動販売機は、「soraかさい」と「法華口駅」にあります。
- 「soraかさい」と「門柱・衛兵詰所跡」、「法華口駅」は、バリアフリーに対応しています。対空機銃座や爆弾庫には簡易舗装のスロープがありますが、斜度がきついため車いすの場合は見学が難しいと思われます(熟練の介助者が必要)。
- 毎週土曜(運休日あり)だけですが、ガイドさんとともに周辺の遺跡を回れるガイドツアー(所要時間100分)もあります。毎回定員は4名だけで先着順のため、興味のある方は早めにsoraかさいのWebサイトからお申し込みください。
- 鶉野飛行場は、戦争中に米軍艦載機による空襲を複数回受けています。
どのような攻撃を受け、どの程度の損害を被ったのかについて過去に調べたことがありますので、興味のある方はこちらからどうぞ。
交通アクセス
- 自家用車での来訪が一般的です。
- 公共交通機関利用の場合は、北条鉄道の北条町駅からコミュニティバスを利用するか、当時の日本兵がそうしたのと同様、北条鉄道の法華口駅から徒歩で行くことも可能。
- 日曜祝日だけですが、法華口駅からは無料のシャトルバスも運行しています。
重要:コミュニティバスやシャトルバスの運行時刻については、必ず最新の情報を各自でご確認ください。