概要
前編では、コンパスと地形図を使って現在地を知る方法を説明しましたが、この後編では精度を上げるための工夫や注意点を紹介します。
前編はこちら
精度を上げるためのヒント
コンパスと地形図を使って現在地を調べる方法は、正しく行えば高い精度で位置を求められます。
以下の点に気をつければさらに精度が高まるので、実際に試す際はこれらの点についてもご留意ください。
測定目標は近くのものを選ぶ
車や電車から見える風景を思い浮かべてみてください。近くの物は速く、遠くの物はゆっくりと動きます。
遠くにあるものは、見る位置を多少変えたとしても同じような位置に見えるのです。
ちなみに、間の角度が1度の2本の直線を延ばしていくと、1km先で線の間隔が約17mになります(10km先なら約170m)*1。
逆に1km先の目標は、自分の位置が(目標を真横に見ながら)17m動くと、見える方位角が1度変わります。
1km離れた目標物の場合、測定した方位角の誤差が5度あったとしても、現在地を割り出す際の誤差は最大で85m(17m×5°)で済むわけです。

▲角度と距離の関係を示した模式図
10km先の目標だと、自分の位置が170m動いても、見える方位角が1度しか変わりません。
遠くの目標を選定すると、たった1度の測定誤差でも、割り出される現在地の誤差が大きくなってしまいます。
目標への方位角を示す直線と、自分が歩くルートの角度が直角に近くなる目標を選ぶ
自分がいる尾根と、目標を測定した方位角の直線が直角に近い角度で交われば、交わる部分は点になって現在地を正確に特定できます。
しかし、進行方向前方や後方に見える目標を測定し、自分がいる尾根と方位角の線が平行に近い角度で交わると、線が交わる範囲が広くなって現在地が分かりづらくなります。

▲2本の線が交わる角度は、直角に近い方が良い
(必要に応じて)2つ以上の目標を使う
2つ以上の目標の方位角を測定し、それらへの方位角を示す直線を地形図上に引くと、その交点が現在地ということになります。
実際に地形図上に線を引かないと使えない方法ですが、現在地がなだらかな地形の場合や、自分がいる尾根がどれなのかが分からないといった場合に役立ちます。(注:この場合、自然地形の中から測定目標を見つけるのは困難なため、地形図上で特定できる人工物を目印にする必要があります。)
また、見えている目標物とは異なるものを地形図上で目標だと誤認した場合、その間違いに気づきやすくなるという利点もあります。(目標を誤認している場合は、2本の線が交わる場所がおおよその現在地からかけ離れた場所になるので、誤認していることに気づけます。線を1本しか引かない場合、目標物を誤認していたら誤った現在地を割り出すことになってしまいます。)
犯しやすいミス
コンパスと地形図で現在地を割り出す方法を使う上で、犯しやすいミスを紹介します。
コンパスを使うのが遅すぎる
これが最も重要な注意事項かも知れません。
前編で書いた通り、おおよその現在地が分かっていなければ、コンパスを使っても現在地を知ることはできません。
そのため、「ここは一体どこだ?」という遭難一歩手前のような状況になってからコンパスを取り出すようでは手遅れ。
地形図とコンパスは本来、「この辺を歩いているのは分かっているけど、正確な位置を知りたい」という状況で使うものです。
こまめに現在地を確認し、常に現在地をなんとなく把握しながら歩くことが重要ですから、コンパスと地形図は、取り出しやすいように携帯することが不可欠*2。
バックパックの雨蓋が地図やコンパス、手袋、帽子などの収納に便利だと紹介されることもありますが、そんなところに入れてしまうと、面倒くさくなって地図もコンパスも使わなくなります。
見えている目標と異なるものを地形図上で選んでしまう
実際に私が経験したミスなのですが、同じような形の池が複数存在する場所で、現在地からは地形の関係でその内の一つしか見えない状況でした。
私は地形図をざっと眺め、見えている池とは別の池を「これが見えている池だ」と決めつけて方位角を測定し、地形図上に線を引いてしまいました。
当然ですが、実際の位置と地形図上で割り出した位置に差が出てしまい、その後の行動で地形図から予測した地形と実際の地形の差に混乱する羽目になりました。
持ち物がコンパスの磁針を狂わせてしまう
スマホや、蓋の固定に磁石を使うポーチ等がコンパスの近くにあると、磁針が影響を受けて正しい方位角が測定できなくなります。
そうすると、本来とは異なる場所が現在地として割り出されてしまい、その後の行動に悪影響が出るかもしれません。
方位角を測定するときは、磁気を発する持ち物をコンパスから遠ざけてください。
また、送電線の鉄塔や車、金属製の道標など、磁気を発する物体から離れて測定することも大切です。
私が読図を覚えるために愛読していた米軍のマニュアル「Map Reading and Land Navigation(読図と陸路航法)」では、高圧線からは55m、車両からは18m、有刺鉄線からは10m以上離れることが推奨されています*3。
地形図に引く磁北線が少なすぎる/細すぎる
地形図に磁北線を引くときに、カシミール3Dでは磁北線の間隔や太さを設定できるので、本数を多くしたり少なくしたり、太くしたり細くしたりできます。
磁北線が多すぎたり太すぎると地形図が見づらくなるため、当初は本数は少なめに、線は細めに引いていました。
ところが、それだとコンパスの方向線と磁北線を合わせる作業がやりづらくてしかたありません。
磁北線の間隔と太さは、コンパスと組み合わせて使う際の見やすさを考慮して、適切に調整してください。
使用するコンパスの選択
米軍や自衛隊が採用している「レンザティックコンパス」と呼ばれるタイプのコンパスは分度器の機能を持たないため、この記事で紹介した方法は使えません。(補足:地図の北を現場で真北に向ける(地図を整置する)と、レンザティックコンパスでもここで紹介した方法は使えますが、使いづらいです。)

▲米軍のレンザティックコンパス(実物同等品)*4
レンザティックコンパスは目標の方位角を正確に測ることに特化したコンパスで、地形図上にその方位角の線を引くためには、地図を整置するか、別途分度器を用意しないといけないのです(米軍ではそのための分度器*5も支給されています)。
一般的なプレートコンパスは、コンパス自体が分度器を兼ねているので地図を整置する必要がなく、実用的。
米軍の分度器については以下の記事で紹介していますので、興味のある方はどうぞ。
参考までに、レンザティックコンパスを使って目標の方位角を測る方法を簡単に紹介します。

▲レンザティックコンパスでの方位角の測り方(ワイヤーを照星(フロントサイト)、スリットを照門(リアサイト)に見立て、銃の照準器のように目標を狙う。目標を狙った後に視線を下げると、レンズ越しに正確な方位角を読み取れる。)
私が使っているミラーコンパスは、(レンザティックコンパスには及びませんが)プレートコンパスよりずっと高精度で方位角を測定でき、プレートコンパスと同等の使いやすさがあって、個人的には最強だと思っています。

▲私が使っている古いミラーコンパス(SILVA コンパスNo.15TDCL)

▲ミラーコンパスで踏切の方位角を測る様子(測定目標と照準器、鏡に描かれた照準線、鏡に映った磁針の中心を一直線にそろえて目標をとらえ、鏡を見ながらダイヤルを回して方向線と磁針を平行に合わせるため、精度が高い)*6
条件が整っていないときの対処法
「コンパスと地形図で現在地を知る方法」を使うには、条件が整っていなければならないと書きました。
稜線上の木々が密生していたり、霧のために展望が得られないとか、方位角の測定に適した目標が近いところで見つからない状況では、「コンパスと地形図で現在地を知る方法」が使えないのです。
そこで私の場合、山を歩くときは「コンパスと地形図で現在地を知る方法」以外にも状況に応じて複数の方法を組み合わせて現在地を把握していました。
それらの方法をいくつか紹介します。
高度計を使う
登り一辺倒や下り一辺倒のルートの場合は、登山口などで正確に標高を合わせた高度計(腕時計の機能として備わっている場合があります)を使うだけで、自分がどこにいるのか見当がつきます。
歩測を使う
稜線上の道でも展望が得られない場合がありますが、そんな道でも(気象条件が良ければ)ちょっと木に登ったり、道を外せば展望が得られることはあります。
しかし、谷間に関してはそうはいきません。
どうあがいても展望は得られないので、谷間で目標物への角度を測って現在地を知ることは困難を極めます。
そんな場合に役立つのが「歩測」。
以下の記事で詳しく紹介していますので、興味のある方はどうぞ。
地形の特徴を利用する(地形照合)
谷間も稜線も、絶対に一直線にはなっていません。必ずどこかで向きが変わっています。そのため、稜線(尾根)や谷の向きも現在地を知る手掛かりになります。
また、谷間も尾根も、場所によって幅が広くなったり狭くなったりするので、そういった地形の特徴を地形図と見比べることでも、おおよその現在地が分かる場合があります。
送電線や鉄塔の位置を利用する
特徴のある地形や人工物が見られない場所(山奥など)でも、現在地を知るための参考となる特徴的な測定目標が使えることがあります。それは送電線と送電塔。
地形図に送電塔の位置は描かれていませんが、送電線は描かれています。
送電線が尾根を越える場所には送電塔がある場合が多いので、尾根を歩いていて送電塔に出会えば、即座に現在地を特定できます(地形図上で歩いている尾根と送電線の交点が現在地)。
谷間で頭上を横切る送電線に出会えば、地形図の谷と送電線の交点が現在地だと分かります。
また、送電塔を目標物として方位角を測り、現在地を割り出せる場合もあります。
ちなみに、送電塔には全て名前がついているのですが、その調べ方を紹介する記事を過去に掲載しています。
興味のある方はどうぞ。
三角点標石を見落とさない
三角点標石は、何の変哲も無い稜線上にぽつんと埋まっていることがあります。
「基本測量」*7に使われる三角点の位置は必ず地形図に記載されているので、三角点標石に出会えば、現在地を正確に特定できます*8。
三角点標石の正体はあまり知られていなさそうなので、三角点を説明する記事を過去に作っています。
興味のある方はどうぞ。
GNSS(衛星を使った測位システム)を利用する
コンパスと地形図で現在地を知る方法は、GPSを初めとした衛星測位システム(GNSS)が使えない場合の「最後の手段」的な技法ですから、GNSSが使える場合はこれを使うのがもっとも便利です。
なお、GPS等のGNSSについては、仕組みを以下の記事で大まかに紹介していますので、興味のある方はどうぞ。
最後に
「スマホやGPS受信機の画面に表示されたルートをたどるだけ」の山歩きをしている方が最近増えているようです。
そういった方々は、スマホやGPS受信機が壊れたり電池切れになったり、紛失するだけで、道迷い遭難予備軍になってしまいます。
山歩きのルートを提供するSNS等は、ただ画面上の線をたどって歩くだけでなく、ついでに周囲の地形と画面上の地形図を比較し、地形図が読めるようになるための「教材」として活用することをお勧めします。
地形図が読めるようになったら、ここで紹介したような方法を使って自分なりに現在地を割り出し、スマホやGPS受信機は「答え合わせ」に使うという楽しみ方をしてみると、ゲーム感覚で技術が身に着きます。
読図等の技能が身につけば、スマホやGPS受信機に歩かされる山歩きではなく、自分で好きなルートを歩けるようになり、いっそう山歩きを楽しめると思います。
また、地形図とコンパスを使いこなせるようになると、スマホやGPS受信機にトラブルが発生した場合でも、「ここはどこ?」という事態を避けられます。
既に読図ができる方でも、コンパスを使って現在地を割り出す方法や歩測をご存じない方は多いと思います。
万一に備えて、これらの技術に挑戦してみてはいかがでしょうか。
*1:軍隊で使われる角度の単位「ミル」の場合、間の角度が1ミルの2本の直線の間隔は、1km先で約1mです。
*2:私は山を歩くとき胸元に一眼レフ用のケースをぶら下げており、その中に地形図とコンパスを入れています。一眼レフを持って行かない場合は、コンパスと防水加工した地形図をズボンのポケットや腰に着けたチョークバッグ(私は地形図、コンパス、行動食、行動中のゴミを入れるのに使用しています)に入れています。
*3:「なぜ米軍のマニュアル?」と思われるかも知れませんが、私の場合は英語の勉強という目的もあって高校生の頃から読んでいました。当時も読図を扱った日本語の書籍はあったかも知れませんが、軍用のマニュアルは内容が細かく、情報量が豊富で読んでいて楽しかったのです。今では広く知られている「アナログ時計と太陽を使って北がどちらか知る」方法や、「雷が光ってから雷鳴が聞こえるまでの時間差で雷までの距離(マニュアルでは爆発が見えてから爆発音が聞こえるまでの時間差で、現在地から爆発地点までの距離)を知る」方法も、このマニュアルで紹介されていました。変わったところでは距離を目測する際のコツや、「銃弾が近くをかすめる際の衝撃波の音が鳴ってから銃声が聞こえるまでの時間差で(銃弾は音速を超えているので、弾丸の通過時に衝撃波の音が聞こえ、その後に銃声が聞こえる)、発砲した敵までの距離を知る」方法まで載っています。
*4:私のレンザティックコンパスは、フタの内側に印刷されているコードの末尾が「77」になっています。これは、米軍とメーカーとの契約により製造されたものではない(市販品である)ことを意味するコードです。コンパス自体の品質は米軍に納入されるものと同じですので、「実物同等品」と表記しています。
*5:名称は「Coordinate Scale and Protractor」。
*6:こんなに人里に近くて標高が低い場所なら風景だけで現在地が分かります。この画像は、使い方の例示のために撮影した写真です。
*7:「測量法」では、次の通り書かれています。「第四条 この法律において「基本測量」とは、すべての測量の基礎となる測量で、国土地理院の行うものをいう。」
*8:図根点や多角点など、基本測量以外の標石は地形図に載りません。