播磨の山々

兵庫県姫路市周辺の山歩きと山道具の紹介をしています。2019年5月、Yahoo!ブログから引っ越してきました。原則として更新は週に1回です。広告は表示しません!

アウトドアに活用できるノルマンディー上陸作戦時の装備品:クリケット・クリッカー

概要

今回の記事では、第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦の際に、アメリカ軍の第101空挺師団で敵味方の識別用に使われた道具を紹介します。

山でも使えないことはなさそうなので、ミリタリーマニアだけでなく山歩き好きの方にも役に立つかな。

その道具とは、クリケット・クリッカー(Cricket Clicker)。

第101空挺師団の兵士が1944年6月6日のノルマンディー上陸作戦(コードネームはオーバーロード作戦(Operation Overlord))時に使用した道具で、金属板を曲げ伸ばしすることによって特徴的な「カチン」という音が鳴るというもの。

もとはコオロギのような虫の形をした子供向けの玩具(虫の音を再現するおもちゃ)ですが、米軍に納入されたものは単純な箱状の形をしていて、無塗装です。

驚くことに、当時米軍にクリッカーを納入していたメーカーが現在でも当時と同じ工作機械でクリッカーを製造・販売しており、当時とほぼ同じものを手に入れる事も可能です。

ただ、値段がそこそこ高いため、アウトドアショップでたまたま見つけた安価なレプリカを購入してみました。

注:今は同じような構造の道具がアウトドア用として売られていますので、文末で紹介します。

ちなみに、山歩きでのクリッカーの使い道は動物避け

野生動物と遭遇しそうな山の中を歩くとき、適当なタイミングでクリッカーをカチカチ鳴らすと、動物たちが「聞いたことが無い音がしたぞ。何かがいるぞ。」と不安になり、音のする方向から離れてくれることを期待した使い方です。

仕様

私が購入した製品はパッケージを見る限り、ノルマンディー上陸作戦から80年が経過したことを記念して製造されたレプリカのようです。


▲クリッカー(レプリカ)のパッケージ

製品名: WW2 AIRBORNE CLICKER
メーカー: 不明
重量: 約16g(クリッカー本体)、約5g(ボールチェーン)
材質: 真鍮、鉄
定価: 不明
購入価格: ¥1,980(税込)
購入先: sproutzero(姫路市)


▲パッケージ内容(クリッカー本体、ボールチェーン)

外観

一見すると笛のようにも見える真鍮製の箱状部品に、黒っぽくて薄い鉄板が取り付けられています。


▲クリッカー本体(表面)


▲クリッカー本体(裏面)

黒い鉄板は中央付近が浅く円形に窪んでおり、この窪みがあることで、曲がった時に「カチン」という音が発生するという仕組み。


▲このように持って親指と人差し指を近づけると…


▲…鉄板が折れ曲がってカチンという独特の音が出る


▲鉄板の中央付近にある窪みのおかげで、鉄板を曲げるだけで音が鳴る

付属するボールチェーンはクリッカーを首にかけるために使うもので、クリッカーは胸元にぶら下がることになります。


▲付属するボールチェーンを取り付けたクリッカー


▲ボールチェーンの連結部(米軍のドッグタグと同じ)

今回紹介したレプリカのクリッカーには米軍を意味する「U.S」の刻印がありますが、実際に兵士に配られたものにそのような刻印はありませんでした。

本物らしさを出すために「U.S」と刻印したのでしょうが、逆にリアルさが損なわれています。

山歩きでの使い方

付属のボールチェーンで首に掛けたり、短い紐を通してバックパックのショルダーストラップにぶら下げるなどして、山を歩いている時に好きなタイミングでクリッカーを手に取れるようにしておきます。

これを支給されたアメリカ兵は、首から下げる他に戦闘服のポケットに入れたり、ヘルメットに取り付けるなどしていたようです。

人が少ない山の中で野生動物がいそうな雰囲気を感じたら、クリッカーを何度か鳴らします。

特に登山道が曲がって見通しが悪い場所や、密度の高い茂みや薮が近くにある場所(動物がいても分かりづらい場所)で積極的に鳴らすと良いでしょう*1

私は火薬で大きな音が鳴るおもちゃのピストルも動物避けで持ち歩いていますが、クリッカーは火薬のような消耗品がないため、好きなだけ鳴らせます。

クリッカーは米軍でどのように使われたのか

ここからはミリタリーマニア向けのネタです。

ノルマンディー上陸作戦の際は、上陸部隊を支援するため空挺部隊が内陸部にパラシュートで降下しました。しかも夜間に。
その際に敵味方の識別に使われたのが、合言葉クリッカーです。

現代のアメリカ軍であれば暗視装置を装備していますが、当時そんなものはありません。夜の闇の中、敵地に散らばって着地した空挺部隊は、仲間を見つけて合流しなければなりません。だからといって、人の気配を感じて隠れながら「私はアメリカ兵だよ。あなたは誰?」なんて聞くのは命取りです。

味方だったら「助かった。一緒に行動しよう。」となりますが、相手がドイツ兵だったら即座に撃たれるでしょう。

敵味方の識別は軍事用語でIFFIdentification Friend or Foe)と言います(Friendは味方、Foeは敵という意味)。

クリッカーを持っている兵士は人の気配を感じたらクリッカーを1回鳴らし、それを聞いたのがクリッカーを持っているアメリカ兵なら、クリッカーを2回鳴らして応答するという方法でIFFを実現しようとしたのです。

合言葉もIFFの一つとして使われており、当時を舞台にした映画やドラマで見ることができます。

作戦開始から24時間以内は、「Flash(フラッシュ)」と声をかけられたら「Thunder(サンダー)」と答え*2、24時間を過ぎてから48時間までは「Hustle(ハッスル)」と声をかけ、それを言われた側は「Along(アロング)」と答えるというものでした。

ちなみに、この時7,000個のクリッカーを米軍から受注して秘密裏に製造したのはイギリスのACMEという会社で、今も当時のクリッカーと同じものを製造、販売しているようです*3

クリッカーの製造が秘密だったのは、ドイツ軍にその存在が漏れて似たような道具を準備されると、米軍がクリッカーをIFFという重要な用途に使えなくなるから。

実際に作戦を実施すると、戦死した、あるいは捕虜になったアメリカ兵がクリッカーを身に着けていることがドイツ軍に分かってしまいますから、クリッカーも作戦開始から24時間以内のみ有効とされていました(ドイツ軍がクリッカーを使おうとしたときには、すでにクリッカーによる識別は無効になっているという仕組み)。

当時のアメリカ兵は、作戦開始から24時間経過したらクリッカーを捨てていたようです。そのため、そもそも7,000個しかなかったクリッカーの現物は現在ほとんど残っていないとのこと。

ACME社がYoutubeにイメージ動画をアップロードしているので、転載します。

動画の中で、アメリカ兵が物音を聞いて1回クリッカーを鳴らすと、動画の最後でクリッカーの音が遠くから2回聞こえます(つまり物音の主もアメリカ兵(味方)だったということ)。


www.youtube.com

ACMEのクリッカーは、今では楽器店で販売されています。

それは、クリッカーがかつて音楽やダンスの練習の際に、リズム感を養う目的(メトロノームのような一定のテンポでクリック音を鳴らす)で使われることがあったことに由来するようです。

海外の方がYouTubeで詳しく説明してくれていますので、興味のある方はどうぞ。
(注:全編英語ですが、自動翻訳の日本語字幕を表示できます。ただし、誤訳や意味不明な表現があります。英語が分かる方はそのまま聞くのが一番正確に内容を理解できます。)


www.youtube.com

アウトドア用クリッカー

軍用の簡素なクリッカーではなく、アウトドア向けに作られたクリッカーも売られています。

その名も「MOUNTAIN CLICKER(マウンテン・クリッカー)」。


▲MOUNTAIN CLICKER

製品名: MOUNTAIN CLICKER
メーカー: TAKE A HIKE
材質: ABS樹脂
寸法: 約65mm × 約30mm(カタログ値)
重量: 約10g(カタログ値)
色: SKY BLUE、ORANGE、PISTACIO、PURPLEの4色展開
価格: ¥1,320(税込)
購入先: Y's Camp Market(兵庫県神崎郡市川町)

ABS樹脂製の丸っこい本体内に音を出すための金属板が入っており、板の曲げ伸ばしはボタンで行う仕組み。

軍用のクリッカーと比べると、こんな感じです。


▲クリケットクリッカーとの比較


▲ボタンを押すと内部の金属板が曲がって音が出る

私の場合、バックパックの右腰付近にMOUNTAIN CLICKERをぶら下げています。こうすれば、必要な時は右手を腰に持って行くだけで簡単に音を鳴らせます。


▲私のバックパックに取り付けたMOUNTAIN CLICKER

最後に

山歩きでの実用性、というか動物避けとしての効果は測定のしようがないため何とも言えませんが、クリッカーを鳴らすと「ドスドス」という足音が聞こえたり、茂みの中で何かが動く気配があったりするので、多少なりとも動物避けの効果はありそうです。

クリッカーの音は意外に遠くまで聞こえるので、動物避けの他、一定のルールを決めてクリッカーを鳴らし、お互いにコミュニケーションを取ることにも使えるかも知れません。

単独で山を歩く私には縁のない使い方ですが…

*1:私は過去に見通しの良い植林(道はない)でイノシシと接近遭遇したことがあります。どうやらイノシシは寝ていたらしく、私はキョロキョロしながら歩いていたので注意力が散漫になっていました。地面の色に近いイノシシが伏せて眠っていたら(動いていなければ)案外気づかないものです。見通しに関係なく、任意のタイミングで鳴らすことも重要かも知れません。なお、イノシシと出会ったときはイノシシの方が先に私に気づいてバッと立ち上がり、一目散に逃げて行ってくれました。

*2:1998年の映画「プライベート・ライアン」にもそのシーンが描写されています。ただし、合言葉の順番が逆(「Thunder」と呼び掛けて「Flash」と答える)になっています。

*3:製品名はAcme Clicker 470で、価格は19.99ポンド。ACMEのWebサイトによると、当時と同じプレス機、同じ工程で製造しているそうです。