播磨の山々

兵庫県姫路市周辺の山歩きと山道具の紹介をしています。2019年5月、Yahoo!ブログから引っ越してきました。

戦争映画で耳にする「位置を示す座標」を測るための定規:プロトラクター

この記事はミリタリーマニア、またはUTM/MGRSと呼ばれる座標に興味のある人向けのものです。普通の方にはまったく興味が湧かない内容だと思いますので、普通の方はこの記事自体を読み飛ばしてください。

以前、軍隊で使われる「位置を表現するための座標」について説明する記事を公開しました。

その記事では目分量で座標値を求める方法を紹介しましたが、今回はアメリカ軍で使われている「座標を正確に測るための定規」を紹介します。

位置を示す座標とは

まず、位置を表す座標について簡単に説明します。

軍用の地図には、1km間隔で縦と横に直線(UTMグリッド)が引かれており、それぞれの線には一定のルール(前述の過去記事参照)に従って番号が振られています。

下の地図では縦線が左から80番、81番、82番、横線が下から52番、53番になっています。

例えば、この中央付近にある「高御位山」(たかみくらやま。兵庫県加古川市と高砂市の市界)山頂の位置を示す座標の調べ方をみてみましょう。


▲高御位山山頂周辺の地図(UTMグリッドを表示した地理院地図を加工したもの)

高御位山の山頂周辺は、上図のように81番と82番の縦線、52番と53番の横線で囲まれた1km四方の範囲内にあります。


▲山頂のあるマス目に100m間隔の線を引くとこうなる(UTMグリッドを表示した地理院地図を加工したもの)

高御位山の山頂は、81番の縦線と82番の縦線の間を10等分する100m間隔の線を引き、左からから1~9番と数えた場合、1番の縦線の近くにあります。

また、52番と53番の横線の間に100m間隔の線を引いて番号を付けた場合、3番の横線付近に山頂は位置します(横線は下から上に数える)。

高御位山の山頂は81番の縦線から東へ100m、52番の横線から北へ300mということです。

1km四方の線の番号の後ろに、それぞれの線から何百メートル離れているのかを示す百の位の数字を付けると、最大100mの誤差で位置を示す座標になります。

この例では、高御位山の山頂の位置を座標で示すと「811 523」81番の線から100m東で、52番の線から300m北という意味)になります。

このように、6桁の座標では100m単位でしか位置を表せませんが、山歩きで使う程度なら問題ないでしょう。

しかし、軍隊の場合は状況によって精密に位置を表現する必要があります。
実際、アメリカ軍のマニュアル FM 3-25.26「Map Reading and Land Navigation」では、「The location of targets and other point locations for fire support are determined to the nearest 10 meters (eight digits).」(当ブログ管理人による意訳:火力支援を要請する際は、10m単位の精度(8桁の座標)で攻撃目標の座標を指定する)と書かれています。

目分量で10m単位の位置を測るのは不可能ですから、アメリカ軍では「Coordinate Scale and Protractor(座標定規および分度器)」という名前の定規が使われているのです。

プロトラクターの概要

この記事で紹介するのは、アメリカ軍で使用されている「Coordinate Scale and Protractor GTA 5-2-12」と同等の製品(官給品ではなく市販品)です。

正確な座標を知るための「座標定規(Coordinate Scale)」であると同時に、「分度器(Protractor)」としても利用できるようになっています。

正式な名称は「Coordinate Scale and Protractor GTA 5-2-12」ですが、この記事では購入先での商品名に合わせて、単に「プロトラクター」と呼ぶことにします。


▲プロトラクター

仕様


▲プロトラクターのパッケージ

製品名: プロトラクター(購入先での商品名)
メーカー: MapTools(アメリカ)
生産国: アメリカ
寸法: 5インチ(約12.7cm)×5インチ(約12.7cm)(カタログ値)、厚さ約0.85mm(実測値)
重量: 約15g(実測値)
購入価格: ¥1,320(税込)
購入先: 株式会社 泉州(大阪府)*1の通販サイト

外観

角が丸い正方形(5インチ四方≒12.7cm四方)の透明な樹脂製の板で、厚みは1mm弱あります。

直線や目盛りがたくさんプリントされていますが、ここでは説明の都合上、目盛りなどを下図のように呼ぶことにします。


▲プロトラクターの各部名称(当ブログ管理人が適当に名付けました。当記事内でのみ有効です。)*2

「基線(base line)」縦の線だけを指しており、水平方向の線は基線と呼びません。
横向きの直線は、「基準点(index)」を示すためにあります。

外周に書かれてる目盛は「ミル目盛」
ミルは円周(360度)を6,400等分した角度で、軍隊や自衛隊で使われる単位です*3。1目盛=20ミル。

「ミル目盛」の内側にある目盛りが、民間で馴染みのある「度」を単位にした「度数目盛」です。1目盛=1度。

1度はおよそ17ミルのため、どちらの目盛も同じような精度でしか角度を測れません

「1/25,000座標定規」は、2万5千分の1と25万分の1の縮尺の両方で使用されるため、他の縮尺用の座標定規と違って定規の横に「1000/10000」の表記があります。
2万5千分の1の場合は、定規の端から端までの距離が1,000mになり、25万分の1の場合は10,000mになるという意味です。

日本では2万5千分の1が一般的なので、座標定規は端から端が1,000mで、1目盛は10mということになります。

使い方(座標定規編)

例として、プロトラクターを使って兵庫県にある高御位山(たかみくらやま)山頂の三角点の座標を8桁の座標(10mの精度)で求める作業を紹介します。

必要な物は、UTMグリッド(1km間隔のマス目)が引かれた1/25,000縮尺の地形図とプロトラクター。
1/25,000の縮尺の場合、地形図上でUTMグリッドの間隔は4cmになります。

UTMグリッドが引かれた地形図は、冒頭で紹介した記事の中でその作成方法を記載していますが、その手順では1/25,000の縮尺では印刷できません。この記事を作成するにあたり、UTMグリッドを表示した地理院地図を画像編集ソフトで加工し、UTMグリッド間が4cmになるように調整しました。


▲UTMグリッドを引いた1/25,000縮尺の地形図(地理院地図を加工し印刷したもの)

高御位山山頂の座標を求めるには、まず山頂が含まれるマス目の左下の角(81番の縦線と52番の横線の交点)に「1/25,000座標定規」の「原点」を合わせます。

このとき、座標定規の縦線はUTMグリッドの縦線に、座標定規の横線はUTMグリッドの横線にピッタリ揃える必要があります。


▲高御位山山頂が含まれるマス目の左下に座標定規の原点を合わせた様子(青色の数字はUTMグリッドの線の番号)

次に、高御位山山頂の三角点と座標定規の縦線が重なるように、プロトラクターを右へ平行移動させます。


▲座標定規を右へ移動させた様子(青色の数字はUTMグリッドの線の番号)

このとき、81番の縦線と交わる座標定規の横線の目盛が「81番の縦線から三角点までの距離」を、三角点と重なった座標定規の縦線の目盛が「52番の横線から三角点までの距離」を表します。

今回の例では三角点は81番の線から東へ約60m、52番の横線から北へ約340mの位置にあることが分かります。

これを座標に変換するには、UTMグリッドの線の番号の後に、その線から目標までの距離を表す数字を付けます。

座標定規では10m単位でしか測定できませんから、1の位の「0」を省略して表記します。

すると、81番の線から東へ60mという距離を示す座標値は「6」、52番の線から北へ340mという距離を示す座標値は「34」になります。

ただし、座標は桁数を揃えて表記するという決まりがありますから、「6」の方は百の位に「0」を付けて「06」としなければいけません。

これらのルールを踏まえると、次のようになります。

81番の線から東へ60mというのは、座標値にすると「8106」
52番の線から北へ340mというのは、座標値にすると「5234」

これらを続けて表記した「8106 5234」が、高御位山の三角点の位置を10mの精度で示した座標ということになります。

同じ要領で、座標が示す位置を地図上で確認することもできます。
例えば「8063 5252」という座標の位置を地図上で求めると仮定して、手順を簡単に紹介します。

  1. 座標を見ると、目的の場所は80番の縦線と52番の横線の交点を原点(左下)とするマス目の中にあることが分かる。
  2. 目的のマス目の左下(原点)に座標定規の原点を合わせて右へスライドさせ、80番の直線と座標定規の横線の630mの目盛りが重なったところで止める。
  3. 座標定規の縦線の520mの目盛りの位置を見る。
  4. 座標が、高御位山の三角点から北西およそ500mにある登山道の分岐を示していることが分かる。

使い方(分度器編)

米軍のプロトラクターを使用して、目標への方位角(磁方位)を測定する方法を紹介します。

例えば、兵庫県姫路市にある明神山の山頂から北西約800mにある556m標高点(通称:西の小明神)への方位角を測るとします。

まずは明神山の山頂から「西の小明神」に向かって直線を引きます(プロトラクターの縁を定規として使う)。


▲明神山の山頂と西の小明神を結ぶ線を引く(左に傾いた細い赤線は磁北線)

次に、方位角を測る起点(今回は明神山の山頂)にプロトラクターの「基準点」を合わせ「基線」が磁北線と平行になるように向きを整えます

この状態で明神山~西の小明神間を結ぶ直線が通っている「度数目盛」を見れば、明神山の山頂から西の小明神への方位角が305度(磁方位)であると分かります。


▲基準点を測定の起点に合わせ、基線を磁北線と平行にした様子(磁北線は地図上に引かれている細い赤線)

私は山歩きの時にコンパスに頼るので必ず地形図に磁北線を印刷し、磁北線を基準に角度を測ることにしています(地図の北(真北)とコンパスが指す北(磁北)には8度程度のズレがあります)。

コンパスの偏差補正をしている方や、GPS受信機・スマホアプリが表示する方位角(真方位)を使う方は、UTMグリッドの縦線とプロトラクターの基線を平行にしてください。

このように、米軍のプロトラクターには「地図上に直線を引かないと方位角を測定できない」という大きな欠点があります。

その点、イギリス軍のプロトラクターは優秀で、「直線を引く代わりに糸を張る」という方法が使えます。


▲イギリス軍のプロトラクターの使用例(東側の方位を測る時はプロトラクターを180度ひっくり返す)

ただし、イギリス軍のプロトラクターには「ミル目盛しかない」という大きな欠点があります。

(私はやっていませんが)米軍のプロトラクターの基準点に自分で穴を開けて糸を通せば、「地図に線を引かなくても方位角を度で測れるプロトラクター」のできあがりです。

最後に

1/25,000縮尺のUTMグリッド入りの地図を手に入れることが難しいため、このプロトラクターを持っていても役に立つ機会はないと思いますが、「現在地のやりとりを座標でしたい!」という方(いるのか?)のために紹介しました(本当は暑い時期に山歩きに出かけたくなく、ネタが無いためむりやり記事にしただけです…)。

関連情報

UTMグリッドが入った地図の入手は難しいですが、UTMグリッドを表示出来るスマホ用地図アプリなら手軽に座標を調べられます

私が使っているのはiPhone用の「スーパー地形」(3日間の試用期間は無料。それ以降の継続利用には¥980の支払いが必要な買い切り型。)*4


▲UTMグリッドを表示した「スーパー地形」の画面

上の画像に写っている現在地周辺部分(姫路城の内堀にかかる桜門橋)を拡大してみると、1km間隔の線に数字が振られており、3桁・3桁(6桁=100mの精度)の座標なら目分量で簡単に割り出せるようになっています。


▲上の画像の現在地(赤い三角の先端=赤い円の中心)周辺を拡大した画像(現在地の座標を目分量で「719 549」と推測できる)

地図をピンチアウトして拡大すると100m間隔の線が表示されるようになって、より簡単に座標を求められます。


▲地図を拡大すると、表示されるグリッド線が増える(この画像では100m間隔で線が表示され、500mごとに線の番号が表示されている)

「スーパー地形」アプリでは最初からUTMグリッドが表示されているわけではありません。次の操作で表示してください。


▲「設定」→「全般」メニューを開き、「グリッド表示」で「MGRS」を、「座標の形式」も「MGRS」を選択

*1:自衛隊の駐屯地にあるお店や通販サイトで、自衛官向けに「戦人」ブランドの商品を販売している会社です。

*2:ここに記載した英語の名称は、米軍のマニュアルFM 3-25.26「Map Reading and Land Navigation」で使われているものです。

*3:間の角度を1ミルにして2本の直線を引くと、1km先で直線の間隔は1mになります。

*4:Android版の「スーパー地形」アプリは、試用期間が5日で、それ以降の利用には年額¥780が必要です。