山歩きをしていると、どんなにがんばっても遭難する可能性は0%にできません。
事前に山の様子を完璧に把握することはできませんし、予測不可能な出来事も起こり得るからです。
そんな時は救助を求めることになりますが、捜索に当たってくださる方々の負担を少しでも軽減するために、自分の位置を示すための道具を色々と山に持って行くことにしています。
今回紹介するのは、そんな「自分の位置を周囲に伝える」ための非常用装備の一つ。
基本的に夜間しか使えない道具で、民間では夜間に捜索活動が行われることが非常に少ないため有効性はほとんど無いと思いますが、念のために装備しています。
注意:今回の記事は、ミリタリーネタです。ミリタリーマニア以外の方にはお勧めしません。
▲今回紹介する「MS-2000(M)」
この非常用装備は、2006年に一度このブログで簡単に紹介したことがあります。
数年ぶりに動作チェックをしようとしたところ、電池が液漏れを起こして電池ケースの蓋が開かなくなっていました。
それを無理に開けようとしたところ、劣化した樹脂部品がバキバキに割れてしまったので、買い直すハメに。
せっかく新品が手に入ったので、記念にまたブログ記事にしてみました。
概要
軍用機の乗員が遭難した際、夜間の捜索・救難活動時に点滅させ、自分を見つけてもらうのに使用する道具です。
軍用機の搭乗員以外では、特殊部隊の隊員が装備しています。
白・青2色のストロボの他、肉眼では見えない赤外線のストロボ光を発することもできます。
軍用機の搭乗員の場合は墜落時に脱出し、地上に降りてからこのストロボライトを点滅させ、救助に来た味方に自分の位置を伝えます。
特殊部隊の隊員の場合は、ストロボをヘルメットに取り付けて夜間作戦時に赤外線ストロボを発光させます。
暗視装置を装備した味方の地上部隊や、上空にいる味方の航空機に自分の位置を知らせて、誤射されることを防ぐわけです*1。
史実をもとにした映画「ブラックホーク・ダウン」では、地上の兵士が味方のヘリに敵の位置を示すために、赤外線フィルタをつけたストロボを使用しています*2。
仕様
製品名: FRS/MS-2000(M)
NSN*3: 6230-01-411-8535
メーカー: Fedcap Rehabilitation Services, Inc.(アメリカ)
サイズ: 114 mm×56 mm×28 mm(カタログ値)
重量: 104g(乾電池を除くカタログ値)
電源: 単3形アルカリ乾電池または単3形リチウム乾電池×2本
光源: キセノンフラッシュランプ
ストロボ光: 白色(無指向性)、赤外線(無指向性)、青色(指向性)
点滅速度: 毎分50±10回
視認性: 軍による実験では、好条件の夜間で最大9.6km先から視認可能
耐候性: 10m防水
材質: ポリカーボネート(外装・レンズ)、Butyrate(赤外線フィルター)
生産国: アメリカ
定価: 不明*4
外観
画像では分かりにくいかも知れませんが、黒い樹脂でできたストロボライト本体に、オリーブ色のカバーが被さった構造をしています。
▲先端(発光部)側から見たMS-2000
▲尾部から見たMS-2000
使い方
白色ストロボ
先端に被さっている黒い赤外線カバーを開くと、ストロボライトが姿を現します。
▲赤外線カバーを開けた様子
赤外線カバーを開くときは、まず上に持ち上げてロックを外してから回転させ、回転後に押し込んでロックします。
▲開くときは上に持ち上げてから回す
▲回した後は押し込んでロックする
この状態でスイッチを入れると、白色のストロボ光が毎分50回(±10回)のスピードで点滅します。
▲白色のストロボが発光する様子
スイッチは、誤作動防止のため針金のストッパーで止められています。
面倒ですが、操作時は毎回そのストッパーを解除/ロックしないといけません。
MS-2000は軍用なので、何かの拍子にスイッチが入ってしまったり、逆にスイッチが切れることで使用者の命に関わる事態(敵に見つかる、あるいは味方から見失われる)になりかねませんから、このような構造になっているのでしょう。
▲ストッパーを起こす
▲ストッパーを起こした状態でスイッチを動かす
▲ストッパーを倒してスイッチを再度ロックする
このスイッチは、一般的な懐中電灯のスイッチとは構造が根本的に異なっており、内部の回路と物理的につながっていません。
密封された本体内部の部品を磁石の力で動かし、回路を閉じたり開いたりしているのです。
その理由は、MS-2000が使われる状況にあります。
MS-2000は軍用機の搭乗員が装備していますから、墜落したり不時着した機体の近くでMS-2000を操作することが考えられます。
一般的なスイッチだと、スイッチを入れた瞬間に火花が飛ぶ可能性があるので、それが原因で機体から漏れ出した可燃性の液体やガスなどに火が着き、火災や爆発を引き起こしかねません。
そのため、このような特殊なスイッチが使われているのです。
ちなみに、このような構造は「防爆構造」と呼ばれ、消防や化学工場などで使用される懐中電灯も同様の仕組みになっています。
ところで、スイッチの上端に丸い凹みが2つありますが、これはMS-2000と似た筐体を使った民間向けの船舶搭載用モデル(FIREFLY PRO WATERBUG STROBE)の「濡れると点灯する機能(海に落ちた場合に自動的に点滅が始まるようにする機能)」用センサーの取り付け部です。
MS-2000にはそのような機能がありませんが、FIREFLYと同じ金型で作っているらしく、センサー取り付け部分の凹みだけがあると考えられます。
青色ストロボ
続いて、青色のストロボ光を出す操作を見てみましょう。
MS-2000は黒色の本体にオリーブ色のカバーが被さった構造だと「外観」の項で書きましたが、そのオリーブ色のカバーをスライドさせると、青色のストロボを発光させる準備が整います。
▲オリーブ色のカバーをスライドさせる
▲青いフィルターが自動的にストロボに被さる
この状態でスイッチを入れると、青色のストロボ光が点滅します。
▲青色のストロボが発光する様子
見ての通り、青いストロボは白色のストロボと違ってカバーの奥で発光します。
これは、ストロボ光が周囲に漏れないようにするため。
MS-2000の先端を向けられた相手にしか、青いストロボ光は見えません。
これも軍用ならではの機能で、暗視装置を装備していない味方に合図を送る際に使われます。
色が青いのは、銃の発砲炎と誤認されないため*5。
白い光だと発砲炎なのかストロボ光なのか区別がつきませんし、場合によっては「自分たちに向けて発砲する敵がいる」と誤解され、味方から撃ち返される可能性まであるのです。
青い光なら発砲炎に見えないため、「味方からの合図」だと判断できるわけです。
赤外線ストロボ
最後は赤外線ストロボ。
赤外線カバーが被さったままの状態でスイッチを入れると、肉眼では見えない赤外線ストロボが発光します。
暗視装置をもった相手だけに自分の位置を知らせたい場合に使用する、軍用ならではの機能です。
肉眼で全く見えないわけではなく、真っ暗闇の中で発光させると、かすかに光が見えます。
▲暗闇の中で目をこらすと、かすかに光が見える
暗視装置を通して見ると、強烈なストロボ光がよく分かります。
▲私がもっている暗視装置*6越しに見たMS-2000(左)と赤外線ストロボ発光の瞬間(右)*7
電池交換
電池ボックスの蓋は、MS-2000本体の底部にあります。
大きな丸い円盤がネジになっていて、これを緩めると蓋が開きます。
▲電池ボックスの蓋
電池ボックスの蓋は、紛失防止のため本体と細い金属製ワイヤーでつながっています。
仮に電池ボックスの蓋が分離式だった場合を想像してみてください。
暗闇で電池交換をすると、「蓋はどこに行った?」となるでしょう。たとえそうなっても、普通に考えれば懐中電灯を使って蓋を探せば済む話です。
ところがMS-2000は軍用なので、いつも懐中電灯が使える状況にあるとは限りません。
夜間に敵地で懐中電灯を使うのは自殺行為でしょうから、蓋が行方不明にならないように本体とつながっているわけです。
▲電池ボックスの蓋は本体とワイヤーでつながっている(蓋には防水のための「O(オー)」リングが備わっている)
真っ暗闇で電池交換をする場合は、電池をセットする向きに悩むことになります。
電池ボックスに電池の向きを示す図があっても、暗くて見えないからです。
その点もよく考えられており、本体に電池のプラス極を示す突起が付けられています。
手触りだけで、電池をセットする向きを確認できるのです。
▲電池の極性を示す突起
動作テスト
初回のテスト
マニュアルには、新品のMS-2000を使用する前の動作テストの方法が書かれています。
概要は、以下の通りです。
- MS-2000を白色光モードで9分間点滅させる。
- 次の1分間は、点滅回数を数える。
- 点滅回数が50回(±10回)であれば、合格と判断する。
- 点滅回数が規定の回数から大きく外れている場合は、電池を交換して再度テストする。場合によっては、電池ボックス内の電極や電池ボックスの蓋に異常が無いか調べる。
- 電池交換や電極の清掃などを行っても点滅回数が規定の回数から大きく外れている場合は、MS-2000を廃棄する。
定期テスト
MS-2000は非常用装備なので、必要な時に正しく動作するかどうか、定期的に点検する必要があります。
マニュアルに記載されている定期テストの方法は、以下の通りです。
基本的なやり方は「初回のテスト」と同じですが、時間を2分に短縮します。
つまり、1分間点滅させた後、次の1分間の点滅回数を数えます。
私の場合、以前はこの定期テストをまじめにやっていたのですが、ここ何年かはすっかり忘れており、電池が液漏れを起こしてしまいました。
最後に
「平成20年度 全国山岳遭難対策協議会報告書」には、以下の文章があります。
重要なのは、救助を求める方々が近くにいるヘリコプターに対してどのように自分の居場所を知らせるかということです。木を揺すったり、カメラのストロボを発光したりするなどの手法により知らせることが重要です。
(出典:平成20年度「全国山岳遭難対策協議会報告書」)
これを読むと「カメラより高頻度にストロボを発光させられるMS-2000なら最高じゃないか」と思われるかも知れませんが、残念ながら、MS-2000を含む非常用のストロボライトの明るさをカメラのフラッシュと比較すると、カメラの方が明るいです。
それは使用目的が違うからで、非常用のストロボライトは長時間点滅を繰り返す必要があり、強力な閃光を放っているとすぐ電池切れになってしまうからだと思われます。
夜間、麓を見通せる木々が少ない場所で点滅させておくと、運が良ければ麓の方に気づいてもらえるという程度かも知れませんが、遭難時に何もしない(できない)よりはマシでしょう。
今回紹介したMS-2000は軍用品なので、私のように趣味で山を歩いている人間には必要の無い機能が盛りだくさんですが、軍用品ならではの性能と信頼性の高さは、非常時には頼りになると思います。
ニセモノ*8も出回っており、ニセモノでも一応ストロボは発光しますが、明るさや耐久性には疑問が残ります。
▲MS-2000のラベル(ぼかしてあるのは製造番号と、軍と業者の間で結ばれた契約の番号。本物は、製造番号が一つ一つ全て異なる。一回の契約で多数を製造するので、契約番号が同じになっている製品がいくつもあっても不自然ではない。)
なお、昼間に自分の位置を知らせるための装備品としては、太陽光を反射する「シグナルミラー」や「発煙筒」が販売されています*9。
シグナルミラーや発煙筒、ストロボライトを携帯して山を歩くなんてバカバカしいと思われるかも知れません。
しかし、(山の高さに関係なく)山歩きは危険と隣り合わせの行為ですから、絶対に遭難しないと言い切れる人はいないはずです。
こういった装備品を出発前にバックパックに入れると、「これを使うような状況には絶対にならないようにしよう」と毎回「安全に対する強い意識」が生まれ、それによって「気の緩みが原因の遭難や事故」に遭う危険性が低くなる、つまり、非常用の装備品を持つこと自体が、遭難や事故の抑止力になると個人的には考えています。
関連情報
実際に山で遭難者の場所を知らせるのにストロボライトを使用した事例の動画がYouTubeにあるので、転載します。
*1:アメリカ陸軍のマニュアル「FM 3-04.113 Utility and Cargo Helicopter Operations」では、地上部隊が航空機に合図を送る方法などが書かれており、ストロボライトの使用についても触れられています
*2:この作品の舞台は1993年で、その当時MS-2000は使われていません。作品に登場したストロボはMS-2000ではなく、1960年代から使われ始め、1990年代にMS-2000に置き換えられた「SDU-5/E」だと思われます。
*3:軍用品に割り当てられる番号で、National Stock Numberの略。日本語(防衛省での呼称)では「ナショナル物品番号」。
*4:私が入手したMS-2000は、貼られているラベルの内容から、2011年度にDLA(国防兵站局)とメーカーとの間で結ばれた未確定調達契約により製造されたものと思われます。契約金額は$45,441,176ですが、調達される数量が不明なため、MS-2000の単価を計算できません。
*5:マニュアルに「prevent possible signaling confusion (i.e., small arms ground fire) between the signaler and observer. 」の記載があります。
*6:第2世代プラスの増幅管を搭載したカナダ製の「NVS 14」。
*7:暗視装置の接眼レンズにiPhoneのレンズを当てて撮影。
*8:ニセモノは、ラベルに印刷されている製造番号がどれも同じになっているようです。
*9:米軍においてシグナルミラーや発煙筒(発煙手榴弾)は、ヘリを呼んだり、着陸地点を示すために使われます。シグナルミラー、ストロボ、発煙手榴弾については、対空信号としてアメリカ陸軍のマニュアル「TC 3-21.60 (FM 21-60)」で軽く触れられています。