はじめに
山歩きをしている方なら「三角点」をご存じだと思います。
側面に「三角点」の文字、上面には「+」が刻まれ、山の上などに埋まっている四角い標石です。
しかし、「三角点が何なのか」をご存じの登山者は(私の個人的な感覚ですが)少ないような気がします。
▲三角点標石と標杭
▲新しい四等三角点の中には、中空コンクリートの柱に金属標を埋め込んだ軽量標識もある
私の場合、山歩きを始めて「三角点とはなんぞや?」と疑問を持ち、あまりにもそれが気になったので、(2011年のことですが)三角点について勉強するために測量士補の国家試験の通信教育を受け、ついでに測量士補の国家試験も受けてしまいました(合格しました)。
せっかく勉強したので、今回の記事では「三角点」が何なのかを“おおざっぱに”紹介してみます(そもそも細かいことは覚えていません)。
10年以上前に覚えたことなので、知識が古いとか、記憶違いにより内容が誤っている可能性も充分にありますから、その点はあらかじめご了承下さい。
三角点についての誤解
山歩きをしている人の中には、「三角点は山頂を意味する標石」だと誤解している人が少なくないように思います。
「三角点」という名前が悪いのかも知れません。横から見た山の形は「三角」っぽいので、その頂点のことだと誤解されるのかも。
見た目は四角柱で、どこも三角形になっていないのになぜ「三角点」と呼ばれるのでしょうか。
この「三角」は、三角点を使用する測量方法である「三角測量」から来ています。
三角測量とは
正確な地図を作るには、緯度と経度が精密に分かる位置の基準点が必要です。
その基準点の位置を高精度で求めるために、三角形の特徴を利用して行われた測量が「三角測量」。
三角形は、1辺の長さとその両端の角度が分かっていると、自動的に形が決まります。
例えば下図のように辺ABがあり、その両端の角度が分かっていれば、点Cの位置は自動的に決まります。
▲1辺(この場合は辺AB)の長さとその両端の角度(この場合は∠Aと∠B)が分かれば、三角形の形は決まる
三角測量でも、これと同じ事を行うわけです。
まずは上の図でいうところの「辺AB」を設定します。
三角測量の最初の段階では、長さ数メートルのものさしを使って正確に距離を測った、長さ数キロメートルの「基線」と呼ばれる直線が使われました*1。
この辺の両端、点Aと点Bは緯度と経度が正確に分かっている必要があります。
▲位置が正確に分かっている2つの点を結ぶ直線を設定する
そうしたら、正確な位置が分からない未知の点Cを決め、辺ABの両端から点Cへの角度(∠CABと∠ABC)を測ります。
▲未知の点Cを設定し、点A、点Bそれぞれから点Cへの角度(∠CABと∠ABC)を測る
昔は望遠鏡と精密な分度器が付いた経緯儀(けいいぎ)という機械が使われました。
望遠鏡で相手を正確に捉え、その時に分度器が指す目盛りを読み取るわけです*2。
これで点Cの正確な位置が求まり、辺ACと辺BCの長さも分かります*3。
新たに未知の点Dを設定し、今度は辺ACの両端から点Dへの角度を測って点Dの位置を求める作業を行います。
▲点Dも同様にして位置を求める
これを繰り返すと、三角形がどんどん広がっていくことになります。これが「三角測量」で、次々にでき上がっていく三角形の集まりは「三角網(さんかくもう)」と呼ばれます。
GPSがなかった時代、広い範囲で、効率よく任意の地点の正確な位置を求められるのが三角測量で、上の図にある点A~Dのように、三角測量の基準として設定された地点が「三角点」なのです。
現在はGPS*4があるため、三角測量をする必要はありません。
三角点の位置はGPS測量で精密に求められていますが、測量の基準点の名前として「三角点」という名前は使い続けられています。
三角点は本来、水平方向の位置(緯度・経度)を正確に表す基準点ですが、大まかに標高を測るのにも使われました。
地形図では、山の上にある三角点に標高が記載されていますが、あれもかつては三角形の特徴を利用した計算方法で算出していたのです。
下図は、緑色の三角が山を表しており、麓のA地点から三角点が設置された山の頂上(C地点)の高さを測ると仮定します。
まずは、位置と標高が正確に分かっているA地点から、三角点が設置された山の頂上C地点を見上げたときの角度を測ります。
三角点があるということは、C地点の緯度・経度は分かっているので、A地点とC地点の直線距離(図の中ではA-B間の距離)が分かります。
A地点からC地点を見上げたときの角度がわかれば、辺ABを底辺とする直角三角形の高さを計算すると、山の高さが分かるという仕組み。
これは、「三角水準測量」とか「間接水準測量」と呼ばれます。
▲点Aから山頂(点C)を見上げて標高を測る原理(∠Aを測り、辺ABを底辺とした直角三角形の高さを求める。)
三角点からどうやって地図ができる?
三角点の位置を三角測量で正確に求めた後、それを地図作成にどう活用するのでしょうか。
初期の測量では、三角点が設置された山の周辺の地形については、紙に三角点の位置や、その周辺で標高を測定した地点をプロットした上で、目測で等高線を記入して地形を描き、細かい測量が容易に行える平野部については、工業高校や農業高校の授業で習う「平板測量」を行って道路や川、線路の位置等を調べて地図を描いていました。
昔は、今では想像もできないほどの膨大な手間と時間をかけて地図が作られていたのです。
▲昔は計算で求められた位置関係で三角点を紙に描き…(下図へ続く)
▲紙に描かれた三角点を基準に等高線などを書き込んで地図を作った(実際はこのような狭い範囲にいくつも三角点を設置しませんが、分かりやすくするために誇張して描いています)
今では三角点に対空標識*5を設置して撮影した航空写真(空中写真)を使い、正確な地図が作られています。
簡単に説明すると、航空写真に写った三角点等の基準点の位置関係が、実際の三角点等の位置関係と合うように航空写真のゆがみを直し、写真を正しく並べた画像を元に地図を描くわけです。
▲山の中で見つけた対空標識の残骸
地形図には道路や川、鉄道などの他に、地形を表す等高線も必要。
その等高線を描くのにも、航空写真が使われます。
航空写真は、隣り合う写真と撮影範囲が60%ほど重なるように撮られます。つまり、視点が少しずれた状態で同じ場所が写った写真が撮影されることになります。
すると、「ステレオ写真」の原理で山などの地形を立体視することができるため、それを利用して等高線を描くという方法が使われます。
三角点は山頂にある?
今のようにGPSが無く、三角測量しかできなかった時代は、お互いの角度を測るために三角点どうしの見通しが測量には絶対に必要でしたから、周囲が良く見えて、周りからもよく見える場所に三角点が設置されました。
そういった条件を満たせる場所が、山の上なのです*6。
「三角点標石は遠くから全く見えないだろう」と思われるでしょうが、昔は三角点を設置する場所の周辺を伐採し、覘標(てんぴょう)と呼ばれる背の高いピラミッド型の櫓(やぐら)を建てていました。
▲明治時代の覘標。赤枠内は一等三角点用の覘標で、地形に応じて適切なものを選択して構築しました。それに対して二等・三等三角点用の覘標は簡易なものでした。(出典:陸地測量標条例施行細則ヲ定ム(明治23年4月17日)。当ブログ管理人が赤枠と赤文字を書き加えた。)*7
測量技術者は櫓の中に機材を設置し、遠くの櫓を望遠鏡で見ていたわけで、櫓は「作業場所」であると同時に、測量される際の「目標」にもなります。
三角点標石は櫓の真下、あるいは櫓の近くで埋めやすい場所に埋設されました。
簡単に位置が変わったり、引っこ抜かれたりすると大変なので、三角点標石は皆さんが思っている以上の大きさがあります。
例えば、下の画像をご覧ください。
これは一等三角点標石ですが、高さが約82cmあって地上に出ているのはそのうち上の21cmだけ。61cmは地中に埋まっています。
下部の板状の石は盤石(ばんせき)といい、中心に十字が刻まれています。三角点標石が傷んだ場合の交換などの際は、盤石の十字と標石の十字をそろえることで標石を元通りの位置に戻せるという仕組み。
三角点標石と盤石で、重さは約140kgもあります。
▲大阪城残石記念公園(香川県小豆島)に展示されている一等三角点標石(撮影日:2023年5月27日)
山の上にある三角点の場合、最高地点から離れたところに三角点標石が埋設されていることがありますが、それは最高地点が周辺の三角点から見えづらい場所だったり、標石を埋設しづらい場所である可能性があります(上の画像の通り、標石を埋めるには深い穴を掘る必要があります)。
あるいは、麓の平地で測量をしたい場合、麓から三角点への角度を測りやすくするため、麓から見やすい山の中腹斜面に三角点が設置されている場合もあります。
要するに、三角点が設置されるのは「測量をする際の目印として使いやすい場所」なのです。
三角点の等級とは
三角点が山頂であると誤解している人の中には、「三角点の等級が山のランクを示している」という、さらなる誤解をしている人もいるかも知れません。
では、三角点の等級とは何でしょうか。
▲「三等」と刻まれた三角点標石
まず、一等三角測量と呼ばれる一辺が平均45km*8ほどの三角網で日本全国を網羅する測量が、明治から大正時代にかけて行われました。
その時に基準となったのが一等三角点。
一等三角点を基準に、一辺の長さが平均8kmほどの三角網ができるように設置されたのが二等三角点。
三等は平均4km、四等は平均1~2kmと、等級が下がると辺の長さが短くなっていきます。
三角網を構成する三角形の1辺が長いほど、高性能な測量機器や技術者の熟練が要求されたので、“等級は測量の難しさ”を表現したものと言えます。
三角点が測量の基準点であることを知っている人でも、「三角点の等級は位置情報の精度の高さを表している」と思っている人もいるかも知れません。
しかし、位置の精度についても等級による差はありません。どの等級でも同じ精度で位置が求められています。
登山者にとって等級に意味があるとすれば、一等三角点がある場所は周辺の一等三角点を見通せる、つまり山頂に木々が生えていなければ、周囲40km以上の展望を楽しめる場所であるということくらいでしょう。
そんなわけで、登山者にとって三角点の等級は何の意味もありません…と言いたいところですが、四等三角点については、登山者に若干の影響があります。
それは、「四等三角点は、地形図に載っていない場合が稀にある」ということ。
三角点標石に出会うと地形図上で現在地を明確にできますが、地形図にない三角点に出会った場合、「あれ?間違った尾根を歩いたかな?」などとちょっとパニックになってしまうことも。
四等三角点は地籍調査*9等を目的として、近年でも新設されています。つまり、新しい四等三角点は古い1/25,000地形図に載っていないのです*10。
三角点に名前がある?
三角点にはすべて名前が付いており、国土地理院のWebサイトにある「基準点成果等閲覧サービス」を使えば、誰でも三角点の等級や名前(点名)、位置(緯度経度、平面直角座標)を見ることができます。
基準点成果等閲覧サービス
三角点が設置されると、必ず「点の記」という資料が作成されます。
そこには点名の他、三角点の所在地、埋設されている土地の所有者、設置場所がいつ誰によって決められたか、麓から三角点標石までのルートと道の状況、三角点標石周辺の状況なども記載されています。
「点の記」を見るには「基準点成果等閲覧サービス」にユーザー登録する必要がありますが、三角点に興味のある方なら、一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。
ただし、「点の記」に記載されている麓から三角点までのルートは古い情報の場合が多く、山道が消失していたり、登山口の目印として記載されている場所が無くなっていたりするので、要注意です。
三角点以外の基準点
正確な地図を作るためには、三角点以外の基準点も必要です。
最後に、それらの基準点についても簡単に紹介しておきます。
三角点は、国土地理院が実施する「基本測量」により位置が求められています。
そのため、山歩きを趣味にされている人であれば、(比較的新しい標石に限りますが)三角点標石には等級や「三角点」の文字の他、「基本」の文字が彫られているのをご存じだと思います。
ところが、私が住む姫路市には、基本測量ではない「公共測量」を表す「公共」の文字が刻まれた三角点標石があります。
この標石を見て「『三角点』の文字が刻まれているのに、なぜ地形図に描かれていないんだ?」と疑問に思った人は、私以外にもおられるはず。
地形図に記載されるのは基本測量で設置された三角点だけなので、このような公共測量用の三角点標石は地形図に載らないのです。
等級が刻まれていないので、よく考えると普通の「三角点」ではないことは分かるんですけどね。
▲珍しい公共測量用の三角点標石(ほとんど埋まっているが、左手前の面に「三」、右手前の面に「公」の上半分が見える)
https://goo.gl/maps/FXmK6aBWCfeVfu9b7
▲「三角点」と「公共」の文字が刻まれた標石の所在地
山歩きをしている方のブログなどを見ていると、地形図に記載されていないけれども、見た目が似ているため誤って三角点として画像が載せられることのある標石があります。
それは、図根多角点(ずこんたかくてん)や図根三角点。
これらは、地籍調査で使用するための基準点です。
この種の基準点は求められている位置の精度が低いですし、基本測量に使われるものでもないので、地形図には載りません。
「図根」の文字が入っているのが、地形図に載る三角点との外観の違い。
▲図根点標石(側面に「図根」「公共」の文字がある)
▲図根三角点標石
山の中ではなく、幹線道路沿いで見られる基本測量の基準点として「水準点」があります。
三角点が水平方向の位置(緯度・経度)を正確に表すのに対し、水準点は高さを正確に表しています。
水準点が示している高さは、上面中央にある半球の頂部の標高です。
▲水準点があることを示す看板と一等水準点標石(画像の一等水準点の点名は「422」)
▲一等水準点標石(矢印の位置に小さな半球がある)
▲金属標の水準点もある(画像の一等水準点の点名は「413」)
国土地理院が設置した、全国に100箇所ほどしかない珍しい基準点も紹介します。
それは、一等磁気点。
地磁気の変化を調べるため、正確に同じ場所で繰り返し測定を行えるように設置された基準点です。
地磁気なんて地図作成に関係なさそうですが、登山者にとっては、方位磁針の偏角という情報として役に立っています(地形図に「磁針方位は西偏約7度」といった形で記載される。)。
地磁気は、機械や送電線などからの磁気の影響を受けずに測定しなければいけないので、一等磁気点は人里離れた場所に設置されています。
下の画像は、2006年に私が撮影した一等磁気点(点名:姫路)の画像ですが*11、現在の国土地理院Webサイトの観測点配点図には記載がないので、廃止されたのかも知れません。
▲一等磁気点標石(点名:姫路)に刻まれた「磁気点」の文字
▲一等磁気点標石(点名:姫路)周囲の様子(矢印が示しているのは、測定器を載せた三脚を設置するための台)
最後に
今回の記事で紹介した各種の基準点は、私達の生活に欠かせない地図を作るために費やされた、莫大な労力の証です。
山歩き等の際にこれらの標石に出会ったら、測量技術者達の苦労に思いを馳せてみてください。
*1:1つの基線を元に全国を測量すると、基準となった基線から離れるほど誤差が大きくなるので、全国に15箇所の基線が均等に配置され、それぞれの基線から広がった三角網どうしの連結部分を見て、測量の精度を確認しました。
*2:分度器といっても、私達が小学校で使っていたようなものではなく、高精度なものは1秒未満の角度を測れるものです。1度を60等分した角度が1分で、1分を60等分した角度が1秒。つまり、1秒は1/3,600度です。
*3:実際は精度を高めるために何度も繰り返し角度を測り、点Cから点A、点Bへの角度も測って、内角の和が180度になるかどうかも調べます。
*4:アメリカのGPS以外にロシアのGLONASS、日本の準天頂衛星システムなどの衛星測位システムがあり、それらをまとめてGlobal Navigation Satellite Systemの頭文字を取って「GNSS」と呼びます。しかし、GPSの知名度が高く、一般の人の間では「GNSS」という言葉は伝わらないと思われるので、ここではGPSと記載しています。
*5:対空標識は、航空写真(空中写真)のどこに三角点が写っているのか分かりやすくするための目印。
*6:三角点は日本全国にまんべんなく設定しないと正確な地図が作れないので、もちろん平野部にも三角点はあります。
*7:この資料によると、二等三角点の覘標は敷地6坪以内で高さは6~9m、三等三角点の覘標は敷地4坪以内で高さ4~6mが想定されていたようです。(見通しに応じて高さは適宜変えることが可能。)一等三角点の覘標については、高さは書かれていません。敷地は9坪以内とされています。
*8:一等三角測量では40kmほど離れた相手を見る必要がありますが、それだけ遠くの櫓を見るのは望遠鏡があっても無理です。そこで、測量される側は鏡を使って太陽光を反射し、その反射光を相手に見つけてもらう方法がとられました。
*9:土地の境界線をはっきりさせるための測量や調査。
*10:紙の地形図だけでなく、インターネット上の地形図に載るまでの時間差もあります。過去に、山歩きの時に見つけた新しい四等三角点が、インターネット上の地理院地図にもまだ載っていなかったことがあります。
*11:国土地理院から「一等磁気点の記」を取り寄せて位置を調べ、見に行きました。