播磨の山々

兵庫県姫路市周辺の山歩きと山道具の紹介をしています。2019年5月、Yahoo!ブログから引っ越してきました。

兵庫県宍粟市の高取山(490m+)

宍粟市山崎の市街地を南北に貫く国道29号線を走っている時、東側の山の上に神社が見えるのが気になっていました。
 
「家に帰ったら調べよう」と思いつつ、帰宅するとすっかり忘れるということを何度も繰り返していましたが、Yahoo!ブログ「ハナの城探訪日記」のハナさんから聖山城跡に登ったというコメントを頂き、「それってどこだっけ?」と調べたところ、件の神社のすぐ近くにある城跡だと判明。
 
しかも、その城跡のある尾根をたどっていくと宍粟50名山の一つ「高取山」に行けます。
高取山には行ったことがなかったので、神社と城跡を見学するついでに高取山の山頂も目指すことにしました。
 
▲対応する地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図「山崎」
 
09:30
姫路市街の自宅を車で出発。
 
国道29号線を北上し、揖保川を渡る直前にある「山崎大橋東詰」交差点を右折。
「山崎大橋東詰」交差点からおよそ1.2km揖保川沿いに北上すると、右手に「ひじり山広場」と書かれた看板のある小さな駐車場があるのに出会います。
 
10:27
ひじり山広場の駐車場に到着(地図中「P」)。
小さな駐車場で分かりにくいので、見落とさないようにして下さい。
 
▲県道537号線から見た「ひじり山広場」駐車場(右は消防団の建物)
 
▲「ひじり山広場」駐車場の様子
以下のURLをクリックすると駐車場の位置がGoogleマップで表示されます。

https://goo.gl/maps/nPMb1fQgVUS2
10:34
準備が整ったので出発。
まずは駐車場の東にある觱篥神社(ひちりきじんじゃ)へ(地図中「觱篥神社」)。
 
神社では子供達が元気に遊んでいました。
自分が子どもの頃は公園や空き地、お寺、神社でよく遊んでいましたが、街中では最近そういった光景を見る機会がほぼ無いので、新鮮な感じがします。
 
▲觱篥神社の社殿
 
 この神社は伊和神社の遙拝所である 神功皇后が三韓征伐のとき伊和神社に参拝するためこの地まで行啓されたが ここより奥は道がけわしく 通行困難の為ここで遙拝された
 また延久年間(1069)から毎年6月15日に宮中の楽人が伊和神社で管弦を奏していた たまたま 後三條院の時洪水となり交通が絶えたので この社で奏楽することにしたが 「ひちりき」の持参を忘れ心を痛めている時 社の内陣から「ひちりき」の音がしてきて無事祭典を務めた この時よりひちりき神社と称された。
(出典:現地の石碑)
鳥居をくぐった先左前方に社殿があり、正面には2つの石段があります。
左側の石段はお稲荷さんへ続くもので、右の石段が登山口です。
 
▲右の石段が登山口
 
石段を登るとすぐに道はつづら折れになり、木々が伐採されて空が大きく開けた場所に出ます。
 
そうしたら、聖山城跡はまもなくです。
 
10:43
聖山城の郭(くるわ。平坦地。)跡に建つ愛宕神社に到着(地図中「愛宕神社」)。
山城を意識したような木製の柵が郭の縁に設置されていて、なかなか良い雰囲気です。
 
▲愛宕神社
 
愛宕神社から僅かに上ると、聖山城跡の最高所に出ます。
なかなか展望の良い場所なので、全天球パノラマを撮影しました。
聖山城跡で撮影した全天球パノラマ(撮影:2019年3月2日)

https://shimiken1206.sakura.ne.jp/panorama/hijiriyamajo20190302/virtualtour.html
▲愛宕神社と聖山城跡(下山時にドローンで撮影)
 
聖山城址
【所在地】宍粟市山崎町須賀沢(出石)(しそうしやまさきちょうすかざわ いだいし)

 出石地区を流れる揖保川左岸の標高約168メートルの尾根上に築かれた山城で、明応2年(1493)宇野氏の重臣下村氏によって築城されたと伝わる。
 城郭としての規模は小さいものの、尾根の突端に東西約12メートル、南北約9メートルの主郭を置き、北側斜面に帯郭、西側斜面に腰郭を配して防備を固めている。また、主郭東側に二の郭・三の郭を置き、東端に高さ約2.6メートルの土塁を築いて敵の侵入を防いでいる。主郭からは宇野氏の本拠篠ノ丸城・長水城への眺望が開けており、実際には見張り台的な城だったと考えられる。
 江戸前期に成立した『宍粟郡守令交代記』によれば、天正8年(1580)4月、羽柴秀吉は対岸の篠ノ丸城・長水城に篭城する宇野氏を攻めるため、背後の高取山を越えてまずこの城を落とし本陣を置いたという。また、同書にはこのとき黒田官兵衛が「篝火に、宇野(鵜の)首見せる、広瀬かな」との発句を詠んだことが記されている。
 しかし、本来この句は竹中半兵衛の子重角(しげかど)が著した『豊鑑(とよかがみ)』に連歌師の里村紹巴(さとむらじょうは)の発句としてあるもので、官兵衛がこの合戦に参加していたかどうか真相は不明である。
 参考文献
 兵庫県教育委員会編集『兵庫県の中世城館・荘園遺跡』ほか
(出典:現地の看板)
11:00
パノラマ撮影と景色を楽しんだので、聖山城跡を出発。
尾根を南へ進むと、道が二手に分かれています。
 
▲聖山城跡の南で二手に分かれる道
 
確実に高取山へ向かえるのは尾根の中心を通る道だろうと考え、ここは尾根をたどることにしました。
 
11:06
一旦鞍部に下ってから登り返すと、「林の休憩所」と書かれた場所に出ました(地図中「林の休憩所」)。
ベンチがあって、確かに休めるようになっています。
 
▲林の休憩所
 
ここは、私が歩いて来た道の他にもう一本、北西からの道(尾根の西側斜面に付けられた道)がありました。
 
聖山城後の先で見た、尾根の中心から西へずれた道かと思いましたが、「聖山城址 下山」と書かれた道標は私が歩いて来た道を指しています。
 
林の休憩所のすぐ先で、道が二手に分かれているように見える場所がありました。
聖山城跡の先にあったのと同様、尾根の中心を通る道と、尾根の中心から少し西にずれた道です。
 
ここは尾根の中心をたどる道の入口に木が置かれていたため、通ってはいけないのかなと思って尾根の中心を外した道の方へ進みました。
 
▲林の休憩所のすぐ先で出会う分岐
 
11:08
「深呼吸の広場」と呼ばれる場所に続くルートが別れる分岐に出会いました(地図中「深呼吸の広場 健脚・標準ルート分岐」)。
 
一つは健脚向け、もう一つは標準ルートです。
 
パノラマ撮影機材やドローンを入れているので、私のバックパックは低山の日帰り山行なのに15kgあります。
 
そのため、「楽が出来るところは楽をする」というルールを最近適用することにしていて、本日もそれに従って標準ルートへ。
 
標準ルートは確かに斜度が緩くて快適。
やがて健脚向けルートと合流しますが、そこには「深呼吸の広場 150m」と書かれた道標が立っています。
 
「150mなんてすぐだ」と思いましたが、進もうとしている先にあるのは丸太階段の急斜面。
 
11:18
息も絶え絶えに丸太階段を登り切り、深呼吸の広場に到着(地図中「深呼吸の広場」)。
 
▲深呼吸の広場
 
広場にはまったく見えませんが、ここからしばらくは平坦な尾根が続くので、この平らな尾根上の空間全体が深呼吸の広場なのかな。
 
11:20
山崎線14番鉄塔下を通過(地図中「山崎線14番鉄塔」)。
2系統の高圧線(山崎線と山崎支線)が合流しているので、ややこしい形をしています。
 
▲山崎線14番鉄塔
 
山崎線14番鉄塔の少し先に、椅子が置かれたちょっとした広場があるのですが、そこには入山規制について書かれたプレートがありました。
 
松茸山なので、秋は入山禁止だそうです。
高取山を歩こうと考えられている方は注意して下さい。
 
▲入山規制について書かれたプレート
 
11:27
その広場から丸太階段を登ると、道が分岐しているのに出会います(地図中「登山道・巡視路分岐」)。
 
この二股の分岐は右が送電線巡視路で、左が高取山山頂へ続く道になっていて、道標があるので間違えることはありません。
 
▲登山道と送電線巡視路の分岐(左が登山道)
 
11:31
山崎支線6番鉄塔の下を通過(地図中「山崎支線6番鉄塔」)。
ここに立っている道標には、「高取山頂上 1200m」と書かれています。
 
まだ遠いなぁ。
 
▲山崎支線6番鉄塔下の様子
 
突然、道の左側からガサガサと音がしましたが、「どうせ鳥だろう」と思って無視して歩いていたら、「グウウ」といううなり声のようなものが聞こえてきました。
 
道の右下には高速道路が通っているので、大型車の通行音かとも思ったのですが、声がしたのは左側。
 
怖くなって熊撃退スプレーを入れたホルスターに手を掛け、キョロキョロしながら平坦な尾根道を通過しました。
 
11時頃に南側の斜面から猟犬の激しい鳴き声と銃声が聞こえたので、この付近に何かしら獣がいるのは確実です。
 
11:44
周囲を警戒しながら歩いていたら、「ツツジの展望広場」に出会いました(地図中「ツツジの展望広場」)。
 
動物の声(?)がした場所からは充分に離れたので、この辺りで警戒を解きました。
 
▲ツツジの展望広場
 
11:49
ツツジの展望広場の先で丸太階段を登ると、登山道は標準ルート(頂上まで450m)と健脚向けルート(頂上まで300m)に別れます(地図中「高取山頂上 健脚・標準ルート分岐」)。
 
ここも、楽をするため「標準ルート」を選択しました。
この道は、山崎支線4番鉄塔に行くための巡視路なのかな。
 
▲標準ルートの様子
 
山崎支線4番鉄塔のすぐ手前で道は向きを変え、斜面を南へ登ります。
 
12:00
高取山の山頂に到着。
狭いですし、南側が一部開けている程度で、あまり展望はよくありません。
 
▲高取山山頂の様子
 
▲高取山山頂の様子(ドローンで撮影)
高取山山頂で撮影した全天球パノラマ(撮影:2019年3月2日)

https://shimiken1206.sakura.ne.jp/panorama/takatoriyama20190302/virtualtour.html
山頂に立っている道標に「安富方面展望ポイント 50m」と書かれていたので、そちらへ向かいました。
 
こちらの方が広くて快適。
でも、展望は限定的です。
 
▲安富方面展望ポイントの様子
 
▲安富方面展望ポイントの様子(ドローンで撮影)
 
▲安富方面展望ポイントからの展望
 
展望はあまりありませんが、ここで昼食を摂ることにしました。
本日の昼食は、シンプルにアルファ米の五目ご飯のみ。
 
ここには、河原にあるような丸い石が沢山あって石碑も立っています。
 
設置されている看板によると、初日の出登山の際に揖保川から石を持って上がり、願い事を書いてここに残すということをやっているようです。
 
▲安富方面展望ポイントにある石碑
 
食後に高取山山頂に戻ってくると、三角点ではないですが、石柱が埋設されているのに気づきました。
 
「関電阪急商」の文字が刻まれています。
帰宅後に調べると、「関電阪急商事」という会社が一時期存在したようです。
 
▲関電阪急商事の石柱
 
13:00
高取山山頂を出発。
下山には、健脚ルートを通ることにして西へ下ってみました。
 
確かに健脚向けの急坂。
 
深呼吸の広場から先も、往路では通らなかった健脚向けルートで下山。
 
林の休憩所の先、鞍部から登り返したところで、突然左ふくらはぎが攣りました。
仕方が無いので少しだけ休憩し、歩幅を小さくしてゆっくり歩くことに。
 
もうすぐ聖山城跡ということころで、道の右(東)からガサガサという音がして明らかに動物が動く気配を感じました。
 
身構えていたら、現れたのは1頭の猟犬。
私の横をするりと通り抜け、すぐ先でしゃがみ込みました。
 
猟犬が出てきた斜面からは、猟犬を呼ぶハンターの声がします。
危ないので「山歩きをしてます!撃たないでください!」と大きな声で呼びかけると、間もなくハンターが登山道に出てきました。
 
すると、さらに2頭の猟犬が登山道に出てきました。
合計3頭の猟犬を連れ、散弾銃を背負った高齢の男性ハンターです。
 
聞くと「猪が筍を食い荒らすから駆除して欲しいと地元から依頼を受け、猪の駆除をしている。」とのこと。
 
「一人で歩いとんか?元気やなぁ」と言われましたが、道なき山の斜面を、散弾銃を背負って歩くハンターさんの方がよっぽどお元気です。
 
南へ向かうハンターさんと猟犬を見送り、聖山城跡で小休止(ドローンを飛ばして城跡を撮影した後、帯郭を見学)。
 
14:17
駐車場に戻ってきました。
 
高取山は松茸山で入山規制があるため、歩ける期間が限られています。
山頂も登山道もさほど展望がありませんし、登山道は距離が長い割にはあまり変化がありません。
 
展望を求めて山歩きをしている私にとっては魅力的な山ではありませんでしたが、戦国時代、播磨平定を目指した秀吉の軍勢が高取山を越えて聖山城を攻め落としたとのことなので、秀吉の軍勢が通ったルートを歩けるという点では面白いかも。