播磨の山々

兵庫県姫路市周辺の山歩きと山道具の紹介をしています。2019年5月、Yahoo!ブログから引っ越してきました。原則として更新は週に1回です。広告は表示しません!

兵庫県西脇市の比延山城跡

今日は兵庫県西脇市の比延(ひえ)山城跡に出かけてきました。
 
比延山城(西脇市比延町比延)
【城史】
 比延山城の地は、『和名抄』の資母郷に属し、また『播磨国風土記』の都麻里条の「比也山」をさすものであろう。西脇市街の西方約2km地点には、国鉄加古川線比延駅がある。このあたり鹿野町と比延町の集落が鉄道の東側ぞいに南北に1.5kmにわたって隣接している。比延山城は両町に接する東方山頂部(比高差205.8m)の独立山塊上に位置している。この頂上部よりの眺望はよく、南部の黒田庄町、西方の津万(島村城)、坂本(竹ヶ谷城)、南西部の西脇城、野村城、鳴尾山城が一望できる。また、比延山城背後の北東部を走る道路は古く、多紀郡今田町をへて篠山町へ通じている。このように比延山城は西脇平野をげい視する絶好の要害だといえる。
 『播磨鑑』は比延山城主を本郷(江)弥三郎頼兼とし、父を掃部介直頼とする。明徳年間に京都二条大宮での戦功により、赤穂郡宇祢城より転封され、以後出羽守好種の天正年間まで8代まで続き、文禄、慶長年間に廃城されたという(『比延系図』)。
 
原文まま
出典:都道府県別 日本の中世城館調査報告書集成 第15巻 pp.116-117
   兵庫県教育委員会・和歌山県教育委員会編 2003年4月30日発行 ISBN4-88721-446-4
 
 
▲対応する地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図「比延」
 
09:25
姫路市街の自宅を車で出発。
 
国道372号線を東進し、加東市で国道372号線から国道172号線に入ります。
加古川沿いの国道172号線を北上し、JR比延駅を目指して「上戸田」交差点(ローソンがあります)を右折して県道294号線へ。
 
「鹿野東」三差路を直進(道は左へカーブ)し、交差点から650mほど進んだ所の三差路(「中畑町・住吉町・篠山 29km→」の標識がある)を右折。続いて100mほど先の三差路(実際は十字路ですが、左からの道は未舗装。「城山公園→」の標識がある)を右折します。
 
後は道なりに車を進めれば、広い駐車場にたどりつきます。
 
以下のURLをクリックすると、Googleマップで駐車場の位置が表示されます。
 
 
10:32
城山公園の駐車場に到着(地図中「P」)。
 
 
▲駐車場の様子
 
10:42
準備を整えて出発。
駐車場南西隅には、比延山城についての看板が立っていました。
 
比延山城跡
 ほぼ独立した急峻な山である比延山(標高289m、比高220m)の山頂に延長180mにわたって曲輪が築かれています。大きく北郭群と南郭群に分けられ、両者とも階段状に小さな曲輪を連ねている点が共通していますが、細かく観察すると、北郭群は曲輪の削平が不十分で曲輪の斜め斜面(切岸)も緩やかであるのに対し、南郭群はそれぞれの曲輪がはっきりし、曲輪間をつなぐ通路も設けられています。以上の点から、北郭群は南北朝時代に築城されたまま残され、南郭群は室町時代に改修されたことがうかがえるのです。このころの山城は合戦の時にこもるための城で普段は見張り番がいるだけでした。そのため建物も粗末な小屋程度しかなかったようです。
 比延山城の城主は本郷氏です。本郷氏は南北朝時代に当地に配置された赤松一族で、初代は本郷直頼といい、頼兼、頼木?と続きますが嘉吉の乱(1441)で没落し、復興後も比延山城には帰らなかったと伝えられています。この本郷氏の歴史は比延山城の現状とも一致しています。つまり、北郭群は直頼が築城したままのものが残り、南郭群は嘉吉の乱ごろの改修にかかるものと考えられるのです。このように比延山城は、城史と城郭の年代観が一致する貴重な例です。
 なお、秀吉からの炭の礼状をもらった比延氏は野村町の野村構居城主上原氏の被官人で、戦国時代に京都から比延に来た一族ですが、比延氏が比延山城を使用した痕跡や記録はありません。
1994年 西脇市教育委員会
 
出典:城山公園入口の看板
 
広いグラウンドの南端中央に登山口があるので、駐車場を出て南のグラウンド(地図中「グラウンド」)へ。
グラウンドの入口手前の公衆トイレ(地図中「トイレ」)を利用してから登山口を目指しました。
 
 
▲グラウンド手前の公衆トイレ
 
 
▲グラウンド
 
開催されることがあるのかどうか分かりませんが、グラウンドでスポーツのイベントでも実施されていたら、登山口にたどり着くのは難しそう。
 
10:47
誰もいないグラウンドを縦断し、南端の登山口に到着。
看板があるので、登山口を見つけるのは簡単でした。
 
この看板によると、山頂までの距離は700mとのこと。
 
 
▲比延山城跡南登山口
 
登山口からは西へ小径が下っていたので、地形図の破線通りの道もあるようです。
 
登山口から地形図の破線道をたどる区間(登山口から173m標高点近くまで)は、雑木林の中のなだらかな小径。斜度は緩いのに、何故かロープが手すり代わりに張られています。
 
 
▲登山道前半の様子
 
10:58
山頂まで350m地点を通過(地図中「山頂まで350m地点」)。
山頂まで700mなので、ちょうど真ん中ということになり、「350m 中間点」と書かれた標識が立っていました。
 
 
▲山頂まで350m地点の様子
 
この中間点から先は、今までと違って斜度が急になります。
前半の登山道にあったロープは「何の意味があるんだろう?」という印象でしたが、ここから先はロープがあるおかげで助かります。
 
11:04
「200m 頂上迄」と書かれた標識の立つ、山頂まで200mの地点を通過(地図中「山頂まで200m地点」)。
 
11:06
「100m 頂上迄」と書かれた標識の立つ地点を通過(地図中「山頂まで100m地点」)。
 
ここから道は二手に分かれます。
私は登りで南寄りの道を、下りで北寄りの道を使用しましたが、これらの道は途中に何本かある連絡路でつながっていて、それらを使って行き来することが出来るようです。
 
どちらの道を選んでも急坂であることは変わりないので、悩む必要はありません。
 
▲今回のルートで最も急だった場所の様子
 
11:12
ロープを頼りに急坂を登り切り、南郭群の南端に到達しました。
山城跡らしさのある地形になっています。
 
 
▲南郭群の南端(郭跡の右に登山道)
 
ここで、比延山城の縄張りを紹介しておきます。
 
 
▲駐車場にあった看板の縄張り図(左が北)
 
見ての通り、細長い尾根上に郭(くるわ。平坦な空間のこと。)がいくつも連なっているだけのシンプルな城跡。
それぞれの郭は小さく、倉庫や居住区を持つような城ではなかったようです。
 
11:13
南郭群の主郭跡に到着(地図中「南郭群」)。

ここには、「比延山城跡」と刻まれた石碑が立っており、ベンチも設置されています。
しかし、展望はほとんどありません。
 
 
▲南郭群主郭跡の様子
 
距離から考えると、道中の標識が残距離を示していた山頂というのは、ここのようです。
 
インターネット上の山行記録を読むと、北郭群の主郭跡が大展望とのことなので、この南郭群は素通り。
 
石碑のある南郭群の主郭跡から北へ進むと、いくつかの段差を下ることになります。
大した段差ではありませんが、切岸(郭と郭の間にある急斜面の段差)のようです。
 
 
▲南郭群の郭跡が階段状に並んでいることが分かる
 
11:18
敵の進攻を防ぐ役割を果たしていたのかどうかは知りませんが、通路を狭くするように聳える岩の間を通り、北郭群の主郭跡に到着しました。
 
 
▲北郭群の主郭跡南端の岩
 
ここには四等三角点標石(点名:城山)が埋設されています。
 
 
▲北郭群主郭跡の様子(矢印の位置に三角点標石)
 
期待通りの大展望ですが、まだ昼食には早いので先にパノラマ撮影をしようと思ってバックパックを下ろすと、Tシャツの背中側が汗でびしょ濡れ。
 
今日は風が強かったのですぐにTシャツが冷え、背中に強烈な不快感を感じるようになってしまいました。
快晴だったので、Tシャツが背中に触れないように手でシャツの裾を引っ張ったまま10分ほど展望を楽しんでいる間に、シャツは見事に乾いてくれました。さすがは高機能Tシャツ。
 
Tシャツが乾いてすっきりしたので、三脚とパノラマ雲台を組み立て、一眼レフカメラを装着してパノラマ撮影開始。
 
出来上がった全天球パノラマは、以下のリンクからどうぞ。
北郭群の主郭跡で撮影した全天球パノラマ(撮影日2017年4月30日) 
上で紹介した比延山城の縄張り図では、北郭群の主郭西側には「大岩壁」と書かれていますが、それは以下の写真のようなものです。
 
 
▲ドローンで撮影した北郭群の主郭跡西側の様子
 
パノラマ撮影とドローンを使った空撮を終えると、お昼ご飯にちょうど良い時間になっていました。
 
本日の昼食は、モンベルが今年発売したリゾッタ。
お湯を入れて3分で出来上がるリゾットです。
 
 
▲五目リゾッタ
 
雲一つ無い快晴で、頭上から太陽にじりじりと照らされているのですが、風が強いため涼しく、眺めが良いので食事を終えた後もぼーっとしてしまいました。
 
気がつくと、ここに到着してから一時間半も経過。
 
12:49
下山開始。
北へ下る道もありましたが、どこへ続いているのか見当もつかないので、往路をそのまま引き返すことに。
 
南郭群南端から「山頂まで100m地点」までは道が二手に分かれているので、下山時は往路で通らなかった方の道を歩きました。
 
13:15
駐車場に戻ってきました。
 
バックパックを下ろして靴を履き替え、車に乗ろうとしましたが、やはりTシャツがびしょ濡れ。
このまま運転席に座ると、背中の冷たさのせいで風邪を引くかも知れませんし、そもそも不快です。
 
というわけで、ここでもTシャツを手で引っ張って体から離し、直射日光の力を借りて乾かしました。
こんなことで無駄な時間を使うより、着替えを持ってくれば良かった。

まだ4月ですし、標高差も距離もたいしたことのない低山でこんなに汗だくになるとは。
 
13:30
駐車場を出発。自宅へ向かいます。
 
14:50
自宅に到着。