播磨の山々

兵庫県姫路市周辺の山歩きと山道具の紹介をしています。2019年5月、Yahoo!ブログから引っ越してきました。

兵庫県たつの市の龍野城と聚遠亭

まだまだ暑いですし、今日は雲が発生しやすいとのことで、山へ行っても暑さでへばり、雨に降られて嫌な気分になるだけだろうと考え、平地の散策をしてきました。
 
行き先は龍野。
目的は、龍野城と聚遠亭(しゅうえんてい)を見ることです。
 
10:30
姫路市街の自宅を出発。
国道179号線を西進し、龍野橋で揖保川を渡ったら、そのまま西へ進みます。
そして、突き当たりを右折してしばらく走ると、神戸地方裁判所に突き当たります。これを右折。
道なりに左へ曲がり、そのまま龍野城の門を目指して車を進め、門の直前で右折すると、龍野城の隣にある龍野歴史文化資料館の駐車場に出ます。
 
11:10
駐車場に到着。
 

詳しい地図で見る
▲龍野歴史文化資料館と龍野城の位置
 
 
▲龍野歴史文化資料館の駐車場
 
龍野歴史文化資料館
開館時間: 9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日: 月曜日(祝日の場合は翌日)、祝日の翌日(土日に当たる場合は、火曜)、年末年始、特別展の前後
入館料金: 小学~大学生¥100、一般¥200、65歳以上¥100(特別展は別途料金)
龍野歴史文化資料館設立の趣旨
 たつの市立龍野歴史文化資料館は、郷土の生んだ先覚者鹿島守之助博士が設立された八重洲ブックセンターより、平成元年に資料館の建物の寄贈を受け開館しました。
 資料館では、たつの市域をはじめ揖保川流域の原始古代から近世にわたる文化財を、時代の順を追って展示し、広い視野で龍野の歴史を楽しみながら理解していただくと共に郷土に残る文化財の保存を考え、次の時代へ伝えていく活動の場となるよう願っています。
(出展:龍野歴史文化資料館のパンフレット)
こぢんまりした展示室が1つだけあり、そこを時計回りに見ていくことで、石器時代から近世までの龍野の歴史を順に見られるようになっています。
入ったときは展示室が小さすぎるように感じましたが、見終わったときは「ちょうど良い大きさ」だと感じられました。
 
博物館は通常、展示物の撮影が禁止されているので、内部の写真は撮っていません。
 
11:35
歴史文化資料館を出て、西隣にある龍野城へ移動。

資料館から直接龍野城へ行くと、門をくぐらずに本丸御殿脇へ出てしまいます。
門をくぐるために、駐車場へ来るために登った坂道を下ることをお勧めします。
龍野城
 龍野城は今から500年ほど前(室町時代明応の末期)鶏籠山山頂に築かれたもので、初代城主は赤松村秀でありました。以後赤松時代は4代続きましたが、天正5年(1577)に信長の命による秀吉の播州征伐の軍門に降り開城しました。その後慶長初年に山頂にあった天守が破却されたという言い伝えがあります。江戸時代に入ると龍野城は現在地に平山城として築かれましたが、万治元年京極高和の丸亀移転にさいして破却され、その後14年間は天領となっていました。寛文12年(1672)幕命によって信州飯田から脇坂安政が5万3千石で入部し龍野城を再建しましたが、時代はすでに太平の世でもあり、また外様大名でもあったので、幕府の嫌忌に触れることを怖れ御殿式の築城に決したといわれ、そのため城郭というより武装化した邸宅と考えていただければよいと思います。
 現在の本丸御殿は、昭和54年に再建したものですが、再建にあたっては当時を偲ぶ貴重な資料や現在残る数点の古図に基づき重建したものです。
(くわしくは「龍野城史のあらまし」「龍野城本丸御殿のあらまし」をごらんください。)
龍野市
(出典:本丸御殿前の看板)
開館時間: 8:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日: 月曜日
入館料: 無料
 
ろくに下調べをしていなかったのですが、龍野城は荘厳な天守閣では無く御殿が建っていただけです。
天守のようなものの写真を見たことがあるような気がしたのですが、私の記憶にあるのは櫓の写真だったようです。
 
石垣も櫓も本丸御殿もすべて復元。しかも、櫓は実際には存在しなかった物だそうで、これは復元と言うより創作ですね。
お城らしさを感じさせるのは、狭間のある城壁と埋門ぐらい。
 
 
▲埋門(右側の櫓も実在しなかったものかも)
 
本丸御殿が建っていた場所には、当時の絵図をもとに昭和54年に復元された本丸御殿が建っています。
形状は当時の物に似せていますが、さすがに内部の構造までは似せてはいないはず。
 
 
▲復元された本丸御殿
 
上段の間と下段の間は、それらしい雰囲気で再現されています。
 
 
▲下段の間(手前)と上段の間(奥)
 
 
龍野城で撮影した全天球パノラマ(撮影日:2012年9月9日)

https://shimiken1206.sakura.ne.jp/panorama/tatsuno20120909/virtualtour.html

 パノラマ内左上のリストで「埋門(外側)」、「埋門(内側)」、「本丸御殿横」を切り替えられます。
 
12:10
龍野歴史文化資料館の駐車場を出て、次の目的地である聚遠亭を目指します。
 
神戸地方裁判所前を西へ進み、突き当たりを右へ。さらに道なりに進んで次の突き当たりも右へ。
やがて道は坂を上りながら反時計回りにぐるっと回り、下から伸びてきている石段の上を通過してまもなく、右へ入る道があるので、そこへ入ると龍野神社の駐車場に行けます(Yahoo!ロコやGoogleマップでは「出入口」と表記されている場所)。
 
幅が狭く、分かりにくい道ですが、ところどころに聚遠亭への道標があるので、迷わずに行けるでしょう。
 
12:25
龍野神社の駐車場に到着。


詳しい地図で見る
▲龍野神社の駐車場の位置
 
 
▲龍野神社の駐車場
 
先ほどの歴史文化資料館もそうでしたが、駐車場には車が何台も止まっていますが、人の姿はほとんど見えません。
 
車を止めさせていただくので、まずは龍野神社へお参り。
 
 
▲龍野神社
龍野神社
 龍野神社は1862年(文久2年)、龍野藩主脇坂安宅が藩邸敷地内に建安治主神(脇坂家の祖で豊臣秀吉の副将であり、賤ヶ岳七本槍の1人として知られる脇坂甚内安治公)を祀り、脇坂家の廟社であった。廃藩置県後の明治8年(1875)9月、一般神社とひとしい郷社(神社の資格)に列せられた。安治公は滋賀県湖北町出身で、これが縁で龍野市は同町と友好提携都市を締結した。
 例祭は4月5日から11日までの間の日曜日に行い、御輿の前後に甲冑武者・子供武者ら総勢300余人が、威武堂々と行列をつくって、城下町を練り歩く光景は、すこぶる壮観であり、数万人の観光客でにぎわう。
龍野史談会
(出典:龍野神社前の看板)
雨が降りそうな薄暗い天気のため、少し不気味な雰囲気でしたが、小さいながらも歴史を感じさせる、雰囲気の良い神社でした。
 
龍野神社でお参りを終え、聚遠亭へ行こうと駐車場から北へ歩くと、龍野神社の社務所前に野見宿禰(のみのすくね)神社への参道入口がありました。
せっかくなので、野見宿禰神社も見ることにします。
野見宿禰神社
相撲の元祖野見宿禰を祀る。例祭は龍野神社と同じ日。健康長命の神として崇敬される。
龍野史談会
(出典:龍野神社前の看板)
いよいよ雨が降り出しそうなただでさえ薄暗い時に、雑木林の中の参道を1人で歩くのはなんとも言えず不気味です。
山中からガサガサと聞こえる音は、鹿でしょうか。
 
 
▲野見宿禰神社への参道
 
登り始めて1分で「力水」と刻まれたわき水に出会いました。
安全のため生水は飲まないようにしているので、これは見るだけ。
 
登り始めて3分で、聚遠亭からの道と合流する地点に出会いました。
夫婦と思われる観光客が登ってきていましたが、どうやら疲れてこれ以上登るのは無理なようです。
 
私も汗だくですが、やはり山の中を歩くのは気分がいいもんです。
広い参道なのに何故か蜘蛛の巣が絡まるし、体に虫でもついているのか、もぞもぞする感触が首筋にあったりしますが、気にせずテンポ良く登っていきます。
 
12:42
登り始めて7分で、日の丸が掲揚された小さな広場に出ました。あずまやもあります。
振り返ると、すごい石段。これを登り切れば野見宿禰神社です。
 
 
▲野見宿禰神社へ続く石段
 
12:45
100段弱の石段を登り切ったところに野見宿禰神社はありました。
 
 
▲野見宿禰神社
 
石の扉は開けても良いのか分かりません。が、扉の向こうは草が生い茂っている様子なので、扉の前に立つだけで野見宿禰神社へのお参りは終了。
 
石段を下っていると、大粒の雨が降り出してきました。急いで石段を駆け下り、広場の四阿で雨宿り。
10分もたたないうちに雨はやみました。
 
13:00
参道を下り、龍野神社の社務所隣にあるトイレで用を足し、聚遠亭へ入ります。
入場料などは必要なく、出入りは自由。
聚遠亭
 聚遠亭は、前庭からの展望絶景をたたえて「聚遠亭」と名付けられ、その扁額が茶室にかかげてある。
 茶室は、江戸時代末期の建築。書院造りを加味した風雅な数寄屋風の建物で、心字池上の浮堂として、庭園、池、杉垣などとよく調和している。
 亭内の北東に位置する藩主の「御涼所」は18世紀後半に建てられ、茶室建築時を始め数回の増改築がなされたと考えられる。質素勤倹の中にも雅趣のある接客、居住部門などの間取りや意匠、構造に特徴があり、また床下の抜け穴などにも当時の面影が残っている。
 池のほとりには、龍野が生んだ詩人、三木露風の「ふるさとの」詩碑や、井原西鶴の句碑などが建っている。
1995年3月設置 龍野市教育委員会
(出典:聚遠亭入口の案内図)
聚遠亭の敷地は中央に芝生があり、これを時計の文字盤に見立てて北を12時方向とすると、9時の位置に池、10時の位置に茶室、11時の位置に楽庵、1時の位置に聚遠亭別館(御涼所)があり、3時~5時方向は龍野の町の風景が広がっています。
 
 
▲茶室
 
 
▲御涼所(聚遠亭別館)
 
茶室は見学出来そうな様子ではなく、楽庵ではボランティアの方がお茶席を楽しませてくれるようでした。
 
御涼所の西側にトイレがあり、その向こうに出入り口があったので、内部を見学してみることにします。
(見学は無料)
 
床に透明なパネルが張られている場所がありましたが、どうやら抜け穴のようです。
抜け穴なんて、創作の世界のものかと思っていましたが、本当にあるんですね。
 
 
▲抜け穴
 
 
▲御涼所内部の様子
 
私以外に内部を見学する人はおらず、全体的に薄暗くて不気味なため、早々に退散。
 
庭園と御涼所を見渡せるように、庭でパノラマを撮ろうとしていたら、遠くでオートバイが走るような音が耳元で。。。
やっぱりスズメバチ。
 
荷物を置いたまま避難し、少し離れた場所から蜂を見ていたら、ジグザグに飛びながら近づいてきました。またちょっと距離を取ると、こんどは放置したカメラと鞄の上をしばらくぐるぐると飛び、まもなくどこかへ飛び去りました。
この隙に急いでカメラと鞄を回収。
 
庭園でのパノラマ撮影はあきらめました。
 
13:30
自宅へ向けて出発。
 
14:05
自宅に到着。